巨大な剣。
全長は優にラビの身の丈を超えていた。
重さは並の剣の5倍以上あるだろうか・・・立派な両手剣。
それでもこの種の剣としてはやや短めだが、その分刃幅と厚みはより重厚だった。
ジグムントは愛用の巨大ザックからそれを取り出して鞘袋から抜き、
刀身を剥き出しにする。
暖炉の焔が刃を照らし、怪しい光を描き出す。
(滅多に使うことはなかろうが、一応は手入れしとかんとな・・・)錆止めグリスをボロ布に染み込ませ、ごく薄く剣に塗布する。
普通、グリスを刃先に塗ると切れ味を悪くするが、この剣には関係ない。
敵を鎧ごと打ち砕く為に生み出された剣だから。
「おじさんって剣士だったんだ・・・」不意の言葉に振り向くジグムント。
「起きてたのか・・・」
「うん、ちょっと目が覚めちゃった。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」暫くの沈黙の後、重い表情でジグムントは口を開いた。
「ああ、昔な・・・傭兵をやってたんだ。」
「傭兵?、兵隊さんの事?」
「ああ、そんなもんだ。昨日の夜、人買いに売られたって話をしたろ?」
「うん・・・」
「親が俺を人買いに売って、人買いは俺を傭兵団に売ったのさ・・・
1000パンス、羊一頭分でな。」
「おじさんのうちも貧乏だったの?」ラビの問いにジグムントの顔が少し歪む。
「実はな、そうでもない・・・親父は農園をいくつも持ってたしな。」
「ええっ!!おじさんってお金持ちだったの?」
「一応はな。」
「ならどうして人買いなんかに・・・」ズタ袋の仮面が影の中に暗く沈む。
「顔がな、顔が醜かったんだ・・・それが原因でお袋との仲が最悪だった。」
「・・・・・・」顔と声を暗く沈ませたままジグムントは続ける。
「俺は生まれつき顔が醜くてな、ボコボコと面の皮が膨れて化物のようだった、
同い年ぐらいの子からも家族からも疎まれた・・・お袋が特に酷くてな、
毎日俺を罵りながら殴った、親父や兄貴達は俺を殴りはしなかったが・・・
いつも汚いものでも見るように俺を見下していた。」「・・・・・・」ラビは神妙な表情でジグムントの話に耳を傾け続ける。
「俺は精神的に追い詰められて、頭がおかしくなっていた・・・
とうとう自分の面の皮を剥がしちまったんだ。」「そんな・・・」表情が歪むラビ。
「顔の肉を剥がせば、新しく奇麗な顔が生えてくると思ってた。
いや・・・思い込もうとしてた。まだ8歳だったから、
そんな馬鹿げた妄想を本気で信じてた。」「・・・・・・」「だが、新しい顔なんて生えてこなかった・・・余計に人間離れしただけだ。
家族とはさらに険悪になって、俺は書庫に閉じ込められる生活になった。
せめて退屈しないようにと親父が気を使ってくれたのかも知れん。
だが、それから3年ぐらい経ったある日、
俺を殴りにきたお袋を突き飛ばして大怪我を負わせちまった。
結局その数日後には俺は人買いに売られた、厄介払いの意味でな・・・
だけど、その書庫での生活は今思うと悪くなかった。
たくさんの本が読めたんだ、特に騎士の活躍を描いた小説や
騎士道を説いた本が大好きだった。」「へえ・・・」少しだけ明るい声になったジグムントにホッとするラビ。
「牛頭の巨人を勇敢な騎士が倒して姫を救う話、
小柄な騎士が大きな騎士と正々堂々戦って打ち破る話・・・
俺はそれらの本を読んで妄想に耽って、騎士になりきってた。」
「うんうん。」
「自分もいつか強くて優しい騎士になろうと一生懸命身体を鍛えていた・・・
大きな麻袋にありったけの本を詰めて、それを上げ下げしたり、
担いでずっと歩き続けたり。ひたすら体を鍛えていた、
騎士の物語を読んで自分を勇気付けながら。」「へぇ~・・・おじさんが一番好きだった物語ってどんなの?」興味津々で質問をするラビ、ジグムントも乗り気で語りを続けた。
「俺が一番好きだった話か・・・"ヒキガエルの騎士"って物語だったな。」
「ヒキガエルの騎士?・・・どんなお話なの?」
「ヒキガエルは大きくて力が強いが、醜くて他の蛙から仲間外れにされてたんだ。」
「うんうん」
「ヒキガエルは皆に見直してもらおうと、村を荒らしていた蛇に
戦いを挑んで見事その蛇を倒した。」
「それで、仲間に入れたの?」
「いや、村の蛙達はヒキガエルに優しくはしなかった・・・
ヒキガエルはめげずに村を荒らしに来た大ねずみも倒すんだ。」
「今度は?」
「それでもヒキガエルは仲間に入れて貰えなかった・・・
ヒキガエルは絶望して巣に引き篭もってしまう。
だがある日村を大きなトカゲが襲うんだ、大トカゲは蛇よりもネズミよりも
大きくて強く、蛙たちを次々に飲み込んだ、そこで蛙たちは
強いヒキガエルに取引を持ちかける、
"あの大トカゲを倒したら俺たちの仲間にしてやる"と。
そしてヒキガエルは3日3晩その大トカゲと死闘を繰り広げるんだ。」
「うん・・・」
「健闘もむなしく、ヒキガエルは大トカゲに敗れて飲み込まれてしまった。
だがヒキガエルの毒のせいで大トカゲは息絶え、二匹は相打ちとなるんだ。」
「そんな・・・」
「村の蛙たちは醜いヒキガエルと大トカゲが相打ちになった事を喜んで、
誰もヒキガエルの死を悲しまなかった。
そんな様子を見た神様が勇敢なヒキガエルを称えて
天で一番輝く星に生まれ変わらせて上げたんだ。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」「可哀想だよ・・・」悲しげな声でラビは呟いた。
「まあ星にはなれたけど・・・な。」「一番輝く星になれたって!!誰もヒキガエルの事を悲しんでくれないなら・・・」「・・・そうだな」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」つい語り込んでしまったが、明日が早いことを思い出す。
「もう俺も寝るからラビも寝なさい、明日は早いからな」
「うん、オヤスミなさい・・・」(一番輝く星になれたって・・・か。確かにそうだな・・・)ジグムントの胸にはラビの言葉がやけに重く残っていた。
続く
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