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引き続き、真実の愛を紡げる人間について考察します。

人間は社会生活を送る上で自分の周囲の人間に「優先序列」を
付けなければやってられません。
それはモラリストであろうが同じです。
例えば父親という立場であれば、自分の子供を他人より大切に扱うのが普通です。
これは「我が子をエコヒイキしている」とも言えます。
ですが、(限度はあるにしろ)我が子を他人より大切に扱う父親を見て
非道徳的な奴だ と思う人は少ないでしょう。
同じく、容姿は醜いが人格者の人物と容姿は美しいが悪辣な人が居たとして、
前者に後者より優しく接する(ブサイク人格者をエコヒイキする)人を見て
非道徳的な奴だ と思う人は同じく少ないでしょう。
逆にイケメン悪人をブサイク人格者よりもエコヒイキする人が居たらどうでしょう?

これは非道徳的な人間だと思われても仕方ありません。
つまりここでエコヒイキしても非道徳的と思われない人達は、

・己の立場と責任を考え、道徳的な優先序列を敷いている(父が我が子を可愛がる)
・容姿の優劣ではなく、人格の貴賎で道徳的な優先序列を敷いている(善人を優遇)

こういった
道徳に乗っ取った価値観で他人に優先序列を敷いている
という事です。
こういう序列を敷く人達はどんなタイプの人間でしょうか?
これは前の考察で出てきた、
「高潔な振舞いに自己満足(快楽)を感じられる人間」ではないでしょうか?
高潔に振舞うことに自己満足を感じない人間であれば、人格の貴賎よりも
イケメンや金持ちなどの物質面(異性としての魅力)で優先序列を敷くでしょう。

つまり、人道に反しない差別(悪人への蔑視、人格者の優遇、家族への優遇)
「真実の愛を紡げる人間」も平気で行います。
勿論限度はあるとしても(我が子を裏口入学とか汚い優遇には嫌悪を感じる)

そして「悪人への差別」は電波男でも認めています。
いわゆるDQN(暴力的自己中の総称)への差別や敵意は剥き出しでしたから。
ですから、真実の愛を紡げる人間は厳密には博愛主義者とは異なるのです。
(物質面での差別を嫌うので、一般人よりは博愛主義者に近い)

こう考えればブサイク貧乏人でモラリストの夫に
「世界で一番愛してる」と言う事もありえるかと考えます。
人格者だから愛してる夫(家族)だから愛してるだから世界で一番愛してる。
そしてその価値観を支える根底は
道徳を遵守する行為への自己満足」だと思うのです。
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まとめ






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