抜糸を痛がったため、遅れていましたが術後の経過をみて、
問題なしと判断されたため昨日退院となりました。
しばらくは病院から配給される特別な食事しか
与える事ができませんが、完全に回復したら
大好きなヨーグルト(砂糖抜き)をあげようと思ってます。

治療費は
トータルで18万円ぐらいかかってしまいました。
病院が良心的だったので助かりましたが、本来は
30万〜40万円ぐらい掛かっていてもおかしくなかった病気です。
正直、私の月々の給料では相当に厳しいだろうと思ってました。
でもここでクロを見捨てたら、
生涯を通して後悔する事だけは分かってた。
私が歳を取って朽ちて死ぬ時、
「金惜しさに友を見捨てた」という
最低の走馬灯を見ながら死ぬのだけは絶対に嫌だと思いました。
そんな後悔を抱えて生きるぐらいなら、餓死したほうがまだマシだと。
今、身勝手な中絶をする人達が大勢日本に存在します。
私は彼らの考えがまったく理解できません。
我が子を見捨てても、自分が面白おかしく生きることがそんなに大切か?
なぜ
「我が子を殺すぐらいなら、自分が餓死したほうがマシだ」と思えないのか。
かつて、動物奇想天外という番組で我が子を守るためにジャガー2頭と
壮絶な争いをして息絶えるイボイノシシの母親の物語がありました。
我が子を逃がすためにたった一頭で圧倒的に強いジャガー2頭を相手に奮闘し、
ジャガーの攻撃で腹が裂け、内臓がこぼれだしながらも牙を振るい、
遂には相手の一頭に深手を負わせて撃退するとその場で力尽きて息絶えた母親。
なぜ、身勝手なセックスの果てに中絶する蛆虫共はこういった強さ美しさを
持つ事が出来ないのでしょうか?自分もそうあろうとしないのでしょうか?
私はこの番組をみて、このイボイノシシの母親に
「人としてあるべき姿」を見出し、
クロが病気になった時にもそれを思い出し借金を負うことも辞さない覚悟で、
白粥を啜る、それすらも啜れなくなる覚悟を持って病院へと連れて行きました。
それが人のあるべき姿だと確信するし、ましてや子を自らの意志で作りながら、
それを産み育てる事をしない馬鹿共はゴミ以外の何者でもないと確信してます。
今回の苦難を乗り越える事によって、
「お天道様に胸を張って死ねる最期」に
向かってまた一歩近づく事ができたと満足しています。
身勝手な中絶をする輩には何億年生きようと理解できないでしょうが。