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はてな系非モテとしては珍しく「女性徹底嫌悪」を貫くradio氏
しばしばコメントを頂いていましたが、割と冷たくあしらってきました。
あまり無視するのもアレなので、一応自分のスタイルを伝えておこうかなと。

彼は一見すると喪男道と共闘できそうに見えるのですが、
実際は・・・どうにも共感できません。
彼の発言「ああ、憎い、モテが憎い」「テロ」を見て分かるとおり、
あまりにも私怨が強く、潔いほど一切の義憤が無いのです。
(義憤を恥ずかしがって照れ隠ししているのかなぁとも勘ぐったり)
もっとも、対する私も私怨が占めるパーセンテージは大きいです。
しかし、私のはそれだけではなく義憤的な感情も大きく絡んでいます。
例えば「身勝手な中絶への批判」「児童虐待への批判」などです。
野良猫を助けたりとかボランティアに関する記事にしてもそう。
これは喪男の安全(自己保身)だけを考えるなら論じる必要の無い問題です。
以前にも「中絶問題などの喪男の安全と関わらない内容で
女性を攻撃するのは止めて、"喪男への攻撃でなければ、
何をしても口出ししない"というスタイルにしないか?」

という提言を受けた事がありましたが、私はこの提言を迷う事無く拒否しました。
私の「反女性」の原動力となっているものは私怨と義憤が絡み合った複雑なものです。
自分だけ(喪男だけ)救われても気が晴れないし、かといって純粋な義憤でもない。
いろんな感情が複雑に混ざり合った何とも付かぬ「灰色の感情」なのです。
対するradio氏の志向は言うならば「純粋な黒」です。
「自分(非モテ)さえ助かれば良い、虐待や中絶で殺される子供なんぞ興味ない」
というスタイルであって、そこに義憤(倫理、道徳に基づく怒り)などの甘さは無い。
その「徹底した甘さの無さ」「中途半端に甘ったるい」私には不愉快にすら感じる。
だから今も今後も彼と手を取り合えないし、それで良いと私は思う。
ただし、「女&モテ否定」である彼の足をあまりに引っ張っても喪男にとって
得になることもないですし、彼の活動を静観するのがもっとも良いのでしょう。
甲殻機動隊にあった「個別の11人」ではありませんが、異なった思想ではあるが、
(部分的にでも)共通の目標を持つ者達が、馴れ合わず、かといって争わず、
ゲリラ的に個々のペースで共通の敵に攻撃を加えるというスタイル。
彼とは今後ともこういう関係(と言えるのか?)を保てればなぁと思っています。


※追記※
ちなみに私は灰色(善とも悪とも付かぬ)である自分を否定するつもりはない。
黒を目指すつもりは勿論無いし、かといって純粋な白を目指すつもりもない。
こう書くと「灰色な自分を許すなら身勝手な中絶女も許してやれ」
と思われる方もいるでしょう。
ですが「灰色を認める」とは言っても、何事にも限度というものがあります。
例えば、ついカッとなって不必要な程にキツイ言葉を言ってしまうとか、
自分が生きるために、或いは快適な生活のために自然に軋轢を加えてしまうとか、
後輩に対してついつい偉そうな態度を取ってしまうとか、
寝坊で遅刻したのに、体調不良と言って言い逃れしてしまうとか、
そんな部分まで否定して生きるのは、お釈迦様にでもならないと無理です。
そういう「ちょっとした汚さ」はある程度、なぁなぁで済ませても良いでしょう。
とはいっても罪なき人を殺す、犯す、暴行する、奪う、騙すetcetc
そういった「あまりにも汚いこと」は断固として否定すべきではないかと思うのです。
私欲の為に罪なき他人の財産、人生、身体を踏みにじることは許すべきではない。
もっとも他人を殴って怪我させたとかなら治療費と慰謝料を払って謝罪すれば償えます。
そうやって自分の犯した罪を身銭を切って償ったなら許しても良いかもしれません。
しかし身勝手な中絶などの場合は当然ながら償う術などありません(胎児は殺されてる)
唯一償う手段があるとしたならば「その業を背負って一生苦しみ続ける」事でしょう。
あまりにも黒へと染まりすぎると、もう後戻りはできないのです。
私はそれが恐ろしいし、そうはなりたくないから自分を律しています。

白には永遠になれないけれど、黒く堕ちすぎないように。
例えば私は釣りをしますが、これ自体は自然を傷つける行為です。
糸が切れれば水中に釣り糸が残るし、針も(いずれは錆びるが)残ります。
水中にゴミを捨ててるのと同じと言えば同じです。
いくら奇麗事を言っても所詮は動物(魚)を傷つけて楽しむ遊びですから。
そもそも釣りに限らず、こうしてインターネットをやっているだけでも
人間が生きているだけでも地球に、自然に、動物に軋轢を強いているのです。
ですが、私はだからといって開き直って悪に徹しようとは思わない
例えば糸を切ってしまったら、海辺のゴミをゴミ袋一つ分拾ったり、
魚の産卵時期は釣りを控えたり、抱卵した魚を釣ってしまったら
出来るだけ傷つけないように大切に扱い、リリース(逃がす)する。
そうやって、「黒くなり過ぎないように」自分なりのルールや
釣り人の間にある暗黙の共通ルール(制限匹数を守るとか)を己に課す。
人間はそうやって「黒になり過ぎないように足掻く灰色」であるべきじゃないかなと。
身勝手な中絶をするものを人間と認めずに鬼のようにこき下ろす。
DQNと喧嘩になれば、椅子で殴って出血失神させても何とも思わないで追撃する。
かと思えば、イジメを見かけた場合に自分が傷つく事も厭わず抑止する。
捨てられた子猫や子犬などを見かければ出来る限り助ける。
そんな白とも黒とも付かない「中途半端で泥臭い奴」で私はあり続けたいです。
人間は努力しないと直に取り返しが付かないほど黒くなってしまうから。
だから全て私怨に還元させて良しと出来るradio氏はなんだかなぁと。
100%義憤でないと我慢できない奇麗事野郎もなんだかなぁですけどね。
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何事もバランスバランス。
覚悟さんの考え方いいですね。
【2007/02/13 20:53】 URL | Nemo #XfvbGIjw[ 編集]
かと思えば、イジメを見かけた場合に自分が傷つく事も厭わず抑止する。
捨てられた子猫や子犬などを見かければ出来る限り助ける。
そんな白とも黒とも付かない「中途半端で泥臭い奴」で私はあり続けたいです。
人間は努力しないと直に取り返しが付かないほど黒くなってしまうから。





なにやらこの部分には、ナルシスティックなものがある
【2007/02/17 09:51】 URL |   #-[ 編集]
私は人が黒く染まりすぎないようにするためには
いわゆる「ナルシズム」が非常に重要であると考えます。

高潔な軍人として有名であるロンメルなどはその典型でしょう。
彼は近代化した戦争において、騎士道精神にも似た主義を貫き
敵からさえも「戦場の聖者」として称えられました。

その反面、自分のカッコいい写真をウットリと眺めたり、
気に入る写真が取れるまで何枚も取り直したりしたと伝えられてます。
つまり彼は「卑怯な真似をする自分(醜い自分)」が許せないため、
戦場に於いてでも高潔であろうと振舞い続けたのです。
精神的に美しくありたい、醜くなりたくないというナルシズムは
裏を返せば、「向上心」の原動力なんですよ。

逆に、(精神面ですら)美しくあろうとする気持ちを捨てたならば、
そういった人間はボランティアをする気力も、高潔に振舞おうとする気力もわかない筈です。

人は他人のためだけに自分を犠牲とする事はできません。
どんな聖者でも突き詰めれば「自分の為に(自己満足や自己陶酔)」人を助けるものだと私は考えています。
ただ、彼らはそこに物質的見返りを求めない時点で立派である事には変わりないですがね。
【2007/02/17 20:20】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
ちなみに、そういった(精神的に)美しくなろうという
「良い意味でのナルシズム」すらかっこ悪いとし、
徹底的に否定すると行き着くところはエゴイズムとニヒリズムでしょう。
弱者に手を差し伸べて、実際にそこに救われる人がいて、
そして金銭や肉体などの物質的見返りを求めないのならば
それがナルシズムだろうが何だろうがどうでも良いのではないでしょうか?

私は社会奉仕などをして自己陶酔を感じるのが気持ち良いし、
その事に何のためらいも負い目も感じることはありません。
誰も困らないし、自分も気持ちいい。
それ以外にいったい何が必要なのでしょうか?
私には自己陶酔を恥ずかしがる気持ちがまったく無意味に思えてなりません。
【2007/02/17 21:07】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]














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まとめ






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