
人間の暗黒面を抑え付ける事は難しいですね。
やられる側も、あらゆる努力惜しまず戦う必要あるのも事実です。
人間の黒い部分をどうにかするのは、これといった決め手のような
手段はないのかもしれません。
出来る事を積み重ねるしかないのかもしれない。

たしかにやられる側も何らかの手段でイジメに対する対抗策を講じねば難しいでしょう。
自殺以外に永遠に逃げる道は無いですからね。
イジメっ子に対抗するためのコミュニケーション技術、
および格闘技術などを総合的に訓練する施設などを
作るのも良いかもしれません。
勿論、強制的に入れるのではなく、親と本人の
両方の承諾があった場合に任意で入れるという形で。
(もちろん本人が脱退したいという場合はいつでも脱退できる)
「イジメっ子からこういう言動をされたら、どう返すべきか?のシミュレーション特訓」
「イジメっ子に襲われた場合を想定してボクシングや実戦空手の訓練」
こういったものを、イジメっ子と戦うための戦闘訓練を学ぶ
チャンスをいじめられっ子に対して与えてあげる必要があるかもしれません。
私は「生来の戦闘気質」によってイジメを解決してきましたが、
そういったものを生まれながらに持ってない人は、
それ相応の訓練がなければなかなか難しいのでしょう。

覚悟氏の意見に賛同します。
「いじめは止めないが、いじめへの反撃は止める馬鹿」は多数存在しますので、
傍観者、教師、及び親のいじめへの対応の認識も必須だと思います。
>ヴァンさん
>人間の暗黒面を抑え付ける事は難しいですね。
人間の暗黒面というよりは、「未だ猿」の部分だと思います。

11月11日の「たけしの日本教育白書」という番組があり、
その中で日本以外の教育の有り方を特集したコーナーが
ありました。
紹介された国は「イギリス」と「ケニア」でしたが、その二つを
みて、私はある共通点に気がつきました。
二つとも、男としてどうあるべきか、というお手本が教育に
あるのです。「イギリス」はジェントルマン、「ケニア」は
勇気ある戦士、という具合です。
そして、日本にはそのようなお手本が存在しません。
今、いじめがこれほど騒がれている背景、そして日本全体
のモラルが低下している理由に、これがあると私は考えて
います。
つまり「何が良くて、何が悪いのか」という基準がとても
曖昧になっているから、です。
もともと日本は単一民族国家なので、はっきり決めなくても
なあなあでやってこれたのが、最近の色々な価値観に触れる
やり方になって、そのなあなあが崩れたのだと。
ただ、いじめ。およびお手本の問題は一朝一夕で解決
するものではないことは明らかです。集団をどうこうする
のは難しい課題です。
いじめを受けている子には、
「いじめられたら死ぬ気で殴りかかれ、できないなら学校から
逃げたっていい」と教えることでいいとおもいます。
あと「自殺はたぶん物凄く痛い!」と教える必要があるかと。
長文、失礼しました。

いじめと直接関係あるかわかりませんが。
黒人差別がひどかった時代のアメリカでは、差別をする人間は貧困層ばかりで、富裕層は興味なし。そんな内容が電波男に書かれてたような・・・いじめもこれに共通する部分があるとおもいます。
職場の先輩は、声も大きく仕事も出来、嫁と子供2人いて、女遊びもします(性的関係でなく飲み屋とか)。私の目標としている人でもあります。
公務員の官舎にも奥様連中でいじめに近い物がやっぱりあるそうです。その人は奥さんに「群れるのは誰でも出来る。おまえはむしろいじめられている人と友達になってあげなさい」
こういう事を言える親が増えるといいんですけどね〜

中学生の頃こんな文章を読んだことがあります
「チャレンジ中学講座」のいじめについての読みもので中学生会員の投稿がありました。
いじめが行われ、放置されえている環境では生徒だけで大まかに3つに分類できる。
・いじめを行う者
・見ているだけの者
・時々助けたり助けなかったりする日和見主義者
いじめを行う者の卑劣さと見ているだけの者の無力さはここのページでもとことん考察されているので割愛しますが、
時々助けたり助けなかったりする日和見主義者
私は意外とこの第三勢力を見逃しがちではないかと思います。いじめが起きて助けることは非常に勇気が要ります。ともすれば自分までいじめられるのではないかという猜疑心されあって助けるに助けられないこともあるでしょう。私が昔見た文章では第三勢力は時々助けたり、グループに入れてくれるんだけど自分らにも危害が及びそうになるとあっさり手のひらを返す。その癖に自分らが助けてくれたことを必要以上に誇示してくる。こんな連中に僕は意外と用心している・・・・・・と。
この第三勢力は偽善者なんですよ。自分らが善人だということを示したいが為に、見えるところでいじめられっ子を助けて。悪い言い方をすればいじめられっ子は自分らの善性を証明する実験動物という風に考えてるんでしょう。さらにひどい場合、いじめっ子と結託していることもありえます。
書いているうちに小中学校の頃の風景が頭の中に浮かびましたよ。この第三勢力はなかなか見つけにくいかもしれないですが、世間全体に視野を広げると、いじめっ子を処罰しようとせず、いじめがあったことだけ報道するマスコミ。いじめくらいで動いてくれない学校関係者、警察。さらにさらに拡大解釈すればネット上で議論している我々だって第三勢力に当てはまるかも知れません。まあ、いじめられっ子は喪男という存在自体知らないかも知れないですがね。

いじめに関して当事者でない人間に出来る事と言えばいじめを悪とする世論形成の一助となることくらいですかね。
時間がある社会人の方なら地域活動を通じてより実効がある形で動けるかもしれません。
特定の集団内部で行われる見えない暴力をなくすには、ある種の権力、もしくは確固たる世論(例えばいじめが露見しただけで加害者が村八分にされるような)が必要でしょう。
インターネットでいじめる側を批判するだけでもいじめの減少に何らかの形で寄与できると信じて色々つぶやいてみます。