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作家の坂東眞砂子が18日の日経新聞で日常的に子猫を殺していると語る (痛いニュース)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.
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連日各所で騒がれている、子猫殺しキチガイ女の件です。
どこでもかしこでもボコボコに叩かれてるかと思いきや、
信じられない事ですが、こんなキチガイを擁護している奴らも居るようで。
以下はそのキチガイ擁護派の記事です。

ココヴォコ図書館「衆愚化は子猫の夢を見るか?」
http://anotherorphan.com/2006/08/post_369.html
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「子猫を殺すなんて人間とは思えない!」なんて大合唱するタイプの人間は、簡単に人をガス室に送ることが出来るだろう。そんな馬鹿なと思うだろうが、そういうもんだ。「みんなの意見」を「世界の真理」と捉え、「単なる個人的な嫌悪感情」を「道徳的義務・必然性」と履き違えるタイプの人間は、「ユダヤは汚れた血だ」という大合唱が一度起こると、それを殲滅するガス室の最初のボタンを押す人間になる。
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コイツ、身勝手な中絶や虐待鬼母とかに対しても「非難すんな!!」とか言いそう。
何でも相対化して、「個人決定」を神聖視する腐れリベラリストタイプですな。
彼に対しての反論としてはkagami氏のところが結構秀逸だったりします。
(ちょっと歴史認識とかの点で同意できない点もありますが・・・)

観念は人の心を圧殺する
http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060824#p9
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ただただ、猫が殺されることに心を痛め、それについて、長々と文章を書く力はないけれど、それでも、どうしても、その気持ちを表明したいと思う人が、コメントを、2ちゃんねるなり、まとめブログなりに、「猫を殺すなんて許せない」と書く、その気持ちを、私は心底貴ぶ。そういった人々の一人一人の心は、最高に貴い。私はそういった人々を守りたい。観念によって、一人一人のささやかな心を殺そうとする者から。
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kagami氏の記事でも触れていますが、人が人として生きていくためには
少なからず「エゴ」と向き合う必要が生まれてきます。
蚊やハエなどの害虫は平気で殺すのに何故猫は殺しちゃダメとかね。
これらは確かに「人間のエゴ」なのですが、私は決して悪い事とは思わない。
なぜなら、エゴには「家族を守りたい」とか「人として尊厳を貫きたい」とか
そういった「尊ぶべきエゴ」
もあるからです。
例えば北海道では、アザラシやトドなどによる漁業被害が相次いでいます。
そのため漁師達は、国の規定に基づいてアザラシなどを駆除(射殺)していますが、
何と彼らは「迷子になった小アザラシ」を見かけると丁寧に保護するそうです。
本来は敵であり、捕殺しているにも関わらず何故小アザラシを助けるのか?
それをリポーターが漁師に尋ねるとこう答えてました。
「確かに厄介者だけど、赤ちゃんは赤ちゃんだべ・・・
人間もネコもアザラシも一緒だ、赤ちゃんは殺せね・・・」

大人として生き抜いているアザラシは敵としてこちらも(限度はあっても)
容赦しないが、何の力も持たずにもがいている子供は決して殺さない。
これが彼らの人間としての意気地であり、美学というエゴイズムなのです。
同じように動物を殺す事を日常としている猟師なども
「妊娠していたり子供やそれを連れた雌は絶対に狙わない」
こういったようなルールを課して自分達なりに「人間らしさ」を守っている。
もしも彼らのような「美しいエゴイスト」がこの世から消え去ったら、
恐らく北斗の拳やマッドマックスのような荒廃した世界になるだろう。

人間がエゴを完全に捨て去ろうとするのなら道は2つしかない。
誰も傷つけたく無いと、今すぐに首を吊って死ぬか。
或いはこの世の全てのものを差別せずに等しく傷つけ殺すか。
あらゆるエゴを捨て去るつもりなら人間は神か悪魔にしかなれない。

そんな生き方は土台無理なんですよね・・・だから人間は
「醜いエゴ」を通す一方で「尊いエゴ」も己に課してせめて
「神にはなれないけど、神に近い側に居よう」とする。
そして「あまりに醜すぎるエゴ」は道徳なり法律なりで禁じようとする。
そうやって「黒くなり過ぎないように生きる」のが人間にとって精一杯なんだよ。

それに耐えられずに極端に走りたがる人間が生まれてくる。
例えば極度に個人主義を掲げて全てを相対化、無価値として混沌を良しとする者。
例えば極端な左翼主義に走って「人間離れした思想」にかぶれる者。
そういった「エゴそのもの」を忌避する人間は何かしら社会に歪みをもたらすと思う。
もっとも「あまりにもエゴに走りすぎる人間(DQN)」も同じように害悪だけどね。

まぁ、何事も「ベクトル」「さじ加減」が重要って事ですな。
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始めましてみなさん。ヴァンと申します。以後お見知りおきを。

農産物荒らす、カラスを駆除しただけでも動物虐待の罪に問われ
そうなのが先進国なんだよな。
アメリカかどこだったか忘れたが、食肉加工で動物虐待的という
訳の解らない裁判あったと思う。
料理でも何でも「いい加減」というのがあるけど、一概にエゴは悪い
とはいえないって事なのか・・・
【2006/08/28 11:04】 URL | ヴァン #-[ 編集]
その「尊いエゴ」とそれをどう動かしていくのかのバランス感覚を「徳」と言うのかもね。
それは衆愚の対極にあるものだと思う。
この矛盾だけれど人として重要なものを、理屈でなく感性に教え込まれた人が、日本ら徐々に減っていってる気がします。それでも子猫殺しに「NO!」と感じる人がまだまだ巷の大勢でいてくれるのは救いですかね。
(腹の中の子殺しは平気でやっておきながら、「子猫カワイソー」とかほざく「矛盾」は叩き潰したくなりますがw)

しかしまあ、「大衆と違って感情でモノを言わない俺カコイイ!!」な構ってちゃん馬鹿には、いちいち腹を立てるだけの価値はないので、私なんかは放置しちゃいがちなんですが。
kagami氏のサイト行ったら、まあ例のブログ主が自分の発言のケツすら持てない事が判明してもう生暖かい笑みしか…
【2006/08/28 18:20】 URL | DDT #t50BOgd.[ 編集]
謎の東洋人氏みたいに理論としてはっきり言わないと解らない事
もありますね。参考になりました。
他のサイトのリンクで来てから興味持ったんだけど。
単にモテ・非モテみたな論争だけじゃなく、喪男からみた視点は
とても興味深かった。
特にたまには、今回のような哲学的な話題があると面白いし、
読み応えがある。
【2006/08/29 14:42】 URL | ヴァン #-[ 編集]
>同じように動物を殺す事を日常としている猟師なども
>「妊娠していたり子供やそれを連れた雌は絶対に狙わない」
>こういったようなルールを課して自分達なりに「人間らしさ」を守っている。

そういう猟師・漁師さんもいらっしゃるかと思いますが、
マタギの世界は情け無用、親子ともども熊さんを撃ち殺します。
↓参考までに。
http://akitagenryu.hp.infoseek.co.jp/matagi/matagiindex.htm

とはいえ、「赤ちゃんは赤ちゃんだべ・・・ 」「妊娠していたり子供やそれを連れた雌は絶対に狙わない」という気持ち、心意気は、私にも理解できるような気がします。
「エゴイズム」と言ってしまえばそれまでですが、人間は矛盾が大好きなのです。感情は理屈じゃ割り切れませんから。
【2006/08/29 16:52】 URL | TK #MY4NKCU2[ 編集]














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まとめ






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