ADMIN TITLE LIST
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


最近、はてな系非モテブロガーであるLeiermann氏が2chで叩かれて
ブログをプライベートモードに設定して引きこもってしまいました。
ネットウォッチ板という、ネット上などのブロガーの言説を追跡して
罵詈雑言を書き込むための板で手酷く馬鹿にされたようなのです。
その場所では主にLeiermann氏2大巨頭として叩かれている訳ですが、
私は生き残り、Leieramann氏はストレスに耐え切れずに消え去る事に。
(というか寧ろ私の方が酷く叩かれてるにも拘らずw)
この2者の命運を分けたものはいったい何なのでしょうか?

それは「ブログ活動に何を期待したのか?」が関わっていると考えます。
恐らく私が考えるにLeieramann氏はブログ活動によって
自分の思想に対する「理解者」を増やす、または「自分が許せない思想」
(恋愛圧力や恋愛における男女の非対称性等)を持った人々を
説得(または論破)して自説の正しさを証明する事だったのでは?
つまり他者に(良い意味での)影響を与える事を期待して活動をしていた訳です。
ですが、世の中には話して分かる奴も居れば分からない奴も居る。
分からないというよりも、「分かりたくない奴ら」が正しいかもしれない。
例えば、「異性をヤリ捨てにする事は悪」という倫理的に正論を
述べたとしても、異性をヤリ捨てにする事が楽しい人から見れば、
たとえその意見が正しくてもそれを認めてしまっては、
自分の利益を剥奪される訳ですからね。
正しい正しくないよりも、既得権益を脅かすか否かで賛否を決める訳です。
そういった人間に対してどれほど熱弁を振るおうが無意味です。
当然ながら望むべき結果は得られない。
それを更にムキになって、ゴネたり逆切れする相手を説得しようとしても
逆に自分が疲弊し、徒労感に襲われ、空しい絶望感に襲われるだけです。
「なぜ、分かってくれない!!なぜ、報われない!!」と。
こういうやり場の無い怒りが飽和点に達して、彼は感情のコントロールを失い
逃避(プライベートモードへ引きこもる)という形でしか対処できなかったのではと。

対する私の目的とは「自分の美意識を貫く」という自己完結的なものです。
つまり、相手が最初から自分の意見を聞き入れてくれない事を前提とし、
賛同者を得ることや敵対者を改宗させる事を最初から放棄した上で、
ただ「テメーラの腐った考えを絶対認めねー!!」と叫ぶ事自体を目的としてる。
その結果どうなるかには殆ど興味は無いのです
(あわよくば程度の気持ちはありますがね)
Leieramann氏が「喧嘩して相手を改心させる事」が目的だとしたら、
私は「喧嘩する事そのもの」が目的で、自分の意地さえ誇示できれば良い。
当然その目的を達成するのに他者の承認の有無は関係ありません
だからこそ、私はどれほど叩かれようが堪えずに活動する事が出来たのです。

Leieramann氏はこれからどうやって周囲との思想差、温度差に
対応していくのか、丁度分岐路に立たされている時なのでしょう。
恐らくその対応には4パターンがあると考えます。
1.一般的思想(恋愛資本主義等)に屈服し(非積極的だが)順応する(敗北ルート)
2.一般的思想を逆手に取り、過剰順応して利用しようとする(ヤリチンDQNルート)
3.報われない事を前提に、自己救済目的で一般的思想と敵対する(覚悟ルート)
4.報われる事を期待し、一般的思想へ説得を試みる(お花畑ルート)

どのルートが幸せかは人それぞれでしょうが・・・
4こそが最も辛く、最も茨の道である事だけは確実でしょうね。


※追記※
かつて(喪男道を始める前)は私もLeieramann氏のような
報われる事を期待して周囲と論争を試みたものです。
特によく論争したのが、中絶の是非や性モラルについての問題です。
まあ、結果として私は議論した全ての女性達にキチガイ扱いされて
悔しさのあまりにマジ泣きする事もしばしばありました。
男同士の殴り合いで、どれほど殴られても涙を流した事の無い私が
中絶に対する女性の身勝手で残酷な価値観にショックを受け泣かされました。
そして、それを慰めてくれたのは一部の男性(喪男と思われる)だけでしたね。
その時に私の「他人(特に女性)に理解されたい」という
願望は枯れ果てたのかも知れません。
早い段階でそういった甘い考えを枯らす事が出来たのは寧ろ幸運でしょう。
年を取れば取るほど、甘い考え故の危険性は上がって行くのですから。
スポンサーサイト



正直このブログは影響力があります。
喪男以外もいっぱい見てます(私も覚悟さんのいう「一般人」)。
中絶反対を叫び続けることは、そういう人たちの意識も少しずつ変えるのではないでしょうか。
劇的に社会がかわるわけではないでしょうが
もし自分の彼女が妊娠した、どうする?と、決断を迫られる場面になった時、
絶対にここで読んだ記事が頭によぎるはずです。
【2006/06/27 23:39】 URL | SLマニア #-[ 編集]
初めて書きこさせていただきます。daimoです。
以前モンスターハンター2での自己肯定感の話し以来
感銘を受けてROMさせていただいておりました。

実は今回のL氏の死ね死ね発言を見て、かつて
覚悟氏にけんかを売って去っていったhazama氏が
頭に浮かびました。怒り心頭に来ると、人間ここまで
冷静さを失うものかと。2chのスレもはじめて覗きましたが
各ブログの言い分を汲み取ることなくただいじってるだけですね。
ある意味狂犬ですが、スレから出ないうちは人畜無害か。

どうもおじゃましました。「世界の果てで眠った獣」の続編待ってます。

【2006/06/28 00:18】 URL | daimo #-[ 編集]
「倫理・道徳的退廃に対する批判を倫理・道徳のコトバで論じても無力」というのは歴史が証明しているかと...

19世紀後半の英国においてカール・マルクスが
近世産業社会の「社会的弱肉強食・弱者踏み付けの無制限な横行」と「人間にたいする疎外」についての
批判を理論化する方向を道徳哲学から経済に鞍替えしたのもコレが理由です。

恋愛資本主義にたいする喪男共産主義のようなものの理論化は
どのようなものになるんでしょう?

恋愛は小乗、しかれど恋愛放棄も小乗、のように感じてます。
【2006/06/28 12:43】 URL | ポチ朗 #KZ7ySZKs[ 編集]
 本論と離れてしまってごめんなさい。

>>ポチ朗さん
 恋愛放棄は戦術の一つであり。その先に何があるのか。と、いう話ですよね。
 その点においては、大いにうなずくところがあるわけです。
 それが恋愛"共産主義"のようなものかといわれれば、わたしは頷けないわけですが。
 喪男が喪男のまま幸せに生きていく道というものは、模索の必要があるわけです。
 どのようなりソースを持って生まれても、生まれてしまった以上は暇つぶしが続くわけですし、暇つぶしなんですからその有限のリソースの中で楽しく過ごせた方がいいわけです。
 だって、自分自身にとって自分の人生に代わりはありませんから。

 でも、世の中ってお金があれば別に恋愛がなくても楽しく生きていけると思うんですけどねぇ・・・
 世の中は大抵のものはお金で片が付きますからねぇ。
 逆にお金でどうにもならないかことって、寄りかかっちゃいけないことだと思うんですよねぇ。
 例えば、運はお金で買えないけど、それってどうにもならないことじゃないですか。居眠り運転の車につっこまれるかもしれないし、当選宝くじがタンスから出てくるかもしれない。そういうことに気持ちを傾けて生活したってどうにもならないし、他のことにリソースを費やした方がよいと思うんですよねぇ。
 もちろん、人の心もお金では買えないものですわなぁ。(そりゃ、生活のために結婚をする人はいるでしょうけど、お金に惹かれる気持ちはあっても、人に惹かれる気持ちはないわけですし)
 そういう意味でお金を稼ぐ能力って大切だと思うし、これから自分に付けていきたいと思います。
【2006/06/28 18:21】 URL | 隊長@八玉子煩悩隊 #-[ 編集]
>喪男共産主義
うーん、我々が恋愛の共産化でも目指しているとお考えなのでしょうか?
我々の目指すところは恋愛資本主義からの撤退、恋愛放棄であり、
それは共産主義ではなく隠遁、つまり隠者になるという事です。
古代中国では勉強の出来た知識人は悪政とそれが変わらぬことを嘆き、
山野に篭って書や学問に励むことを高尚な生き方としました。
別に国財を貧民に分け与えろと暴れまわってたりした訳じゃないです。
思想や書で社会に対する不満を述べることはあっても、
(私がブログで愚痴をたれてるのと同じですね)
実際に政治運動まで至った人は極一部です。
我々も恋愛に於いてそれに近い生き方を目指しているだけなのです。


>恋愛放棄も小乗

恋愛放棄によって救われるか否かは人それぞれ。
好みの問題に帰結します。
ですが、恋愛放棄を手に入れることは誰にでも出来る。
「恋愛を放棄した」そう自分が決めれば、
どんな醜い容姿の人にも、どんな貧乏人にも手に入る。
だが、恋愛は違います。
もちろん恋愛によって救われる人もいるでしょうし、
それは同じように好みによって決まります。

ですが、恋愛は1人では手に入るものではありません。
他者の合意を得るために、容姿なり金銭なりその他要素
つまり能力やパワーによって選定され、
限られた人間にしか手に入らない。
好みの問題より更にその前、手に入れる段階で取捨されてしまう。
つまり、「それが自分に合っている否か」を
試してみる事すらままならないのです。

好みの問題にもよるが、お試し自由で来る者拒まず、
ノーリスクの恋愛放棄、
同じく好みの問題に加えて、相手に選んでもらうための
投資を余儀なくされ、挙句に搾取のリスクも伴う恋愛。
この2つの間には同じ小乗だとしても、
マリアナ海溝よりも深い溝があるように思います。
【2006/06/28 19:56】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
お前らの理屈はわかった。だから今度は俺の理屈を聞かせてやる。
俺はお前を叩きのめし、カギ爪の男の居場所を聞き出し、地獄の底まで追いかける。
お前らの都合なんざ知るか。そうしないと俺が、この俺の気がすまないんだ。ああそうさ。
これが俺の欲望だ。俺の未来だ。俺が俺の勝手にして、何が悪い。

(ガン×ソード7話より)
【2006/06/28 20:06】 URL | 喪男 #-[ 編集]
それとこのブログの影響力についてですが、
自分で言うのもなんですが、不明としか言い様がありません。
ただ、ヒット数が比較的多い事
(一日の総ヒットが2000で、うちユニークヒットが1500程度)、
ファンキー通信に取り上げられたことから考えると、
宣伝能力はそれなりにあると考えられます。
たとえ多くの人の目に留まってもそれが他者の行動に
(良い意味で)影響を与えるのか否かは神のみぞ知るところでしょう。

そういった影響力を意識すると、自分の思想や意見を自縛させてしまう
可能性が高いので私は考えないようにしています。
周囲の影響力を意識したり、他者の意見を汲み取って
「俺って物分りのいい奴なんだぜ」って事をアピールしようとして
意見をコロコロ変えた挙句に破滅に向かってる非モテブロガーが
はてなに結構見かけられるので、良い反面教師ですね。
最近は彼氏持ちのエセ非モテ女性ブロガーがかなり危険な状態です。
【2006/06/28 20:19】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
>> 喪男さん
 まさにその通りだと思います。
 自分は自分の人生のために生きているのだし、他人がどうとかこうとか本来それほど関係ないハズなんですけどねぇ。
 そりゃぁ、生活を維持したり、消費行動を行うためにお金が必要なんでしょうけど。(スキルアップの為に本を読んだりすることは楽しいことですし、直接お金に繋がりますし)
 そのお金はあくまで自分の為のお金なんですよ。
 モテないのに恋愛資本主義に毒されている人って、なんでそこで異性が出てくるんでしょうねぇ?
 いいじゃないですか、自分で稼いで自分のために使うで。
 自分のためにいい学校に行き、自分のためにスキルを身につけ、自分のためにお金を稼ぐ。そこに恋愛がなかったことぐらいで、それらのことの価値を毀損させるほどのこと?
 モテないことって人生全体を絶望させるほどのもの?
 わたしはそのように考えてしまう発想が恋愛資本主義に毒されている弊害だと思うのです。(夏の葬列さんが取り上げられている書き込みの中にはそのように思うものが一部あります。いや、ああいう「人生自体がダメ」みたいなことを書く人がネタとして書いていればいいんでしょうけど)
 いいじゃないですか。モテ無くて。
 他のことで楽しんで生きていければ。
 そういうことに気づいた人が多くなれば多くなるほど、そしてそれが当たり前の世の中になっていけば、わたしは喪男が喪男のままで生きて生きやすい世の中に近づいていくと思うのです。
【2006/06/28 21:14】 URL | 隊長@八玉子煩悩隊 #-[ 編集]














管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 喪男道, All rights reserved.
まとめ






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。