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私が保守主義者であるという宣言に対して
「喪男としておかしいのではないか?」
「マッチョイズム(男根主義?)こそ喪男を追いやった張本人」
「保守主義の下では(男性の)浮気は肯定されるから非道徳的」

という意見があるようですが、おそらく彼らと我々とで
考えている「保守」というのが根本的にズレているのでは?と感じました。
私が想定する保守主義とは一言で言うならば、「磯野波平」です。
浮気をせずにフネ一筋。
真面目に働き、父として夫としての責務を果たす。
子供たちが羽目を外し過ぎれば、キッチリと怒鳴りつけてお仕置きをし、
世のモラルの無さを新聞で見ては「けしからん」と」憤慨する。
こういう人物を指し示して「保守主義者」としています。

要するに「生真面目な学校の先生タイプ」ですね。
こういう人物は(少なくともジェダイ派の)喪男とは仲が良いです。

これに関して、
はー氏から頂いたコメントにこのような内容がありました。
****************************************************
私の祖母から聞いた話を主観的に解釈した結果ですが、どうぞ。
もしかしたら参考になるやも。

     ※ ※ ※
昔の人たち、特に農村や漁村など都市部でない地域の住人は
現代人とはかなり異質な精神構造を持っていた。
これは大戦後もしばらく、高度成長で
都市部に人口が移動するまで言えたと思われる。

概して子供の命の価値は低かった。
性的規範意識も「いわゆる」古典的とは違っていた。
よく想像されがちな古典的とは、
都市部に限定されたものであったようだ。

私自身男としてあまり認めたくはないのだが、
どうやら当時は男(主に夫)からの強圧的な要求があって、
さらに技術の未発達もあって、
やむをえず堕胎という事態に立ち至ることも
稀ではなかったと、推定せざるをえない。
     ※ ※ ※

街から農家に嫁いだ祖母は、こういう人たちに囲まれて
生きるのが嫌で嫌で堪らなかったそうです。

以上から、なぜ昔は多かった堕胎件数が今まで減ってきたのか、
若い、特異的に中絶が増えている世代の感性がどう変わってきたのか、
理解するヒントになるかと。

****************************************************


こう考えると私が主張する「磯野波平」はここで言うところの
「都市型保守主義者」であり、保守主義を否定する人間が
想定しているのは、「農村型保守主義者」ではないかと。
もしもこういった語弊により「私が理想とする保守主義」
否定しているのであれば、即刻考えを改めて頂きたい。

また、磯野波平のような(私から見れば)健全な保守主義者すら
否定するような、リベラル至上主義者に対しては
そういった人間と語る事は何もないし、
一切の共感は無いだろうと言っておきます。



※追記※
私が目指すところの保守主義を指し示す正式な用語って
既に存在するんでしょうかね?
そこらへん、あまり詳しくはないので詳しい方よろしくお願いします。
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私が目指すところの保守主義を指し示す正式な用語って
既に存在するんでしょうかね?

社稷、伝統、封建いろいろな観点から答えを探せます。日本の場合は、世間、おてんとう様などが一番近いかもしれません。ただそれぞれの生まれ育った環境によってかなり受け取り方が変わる言葉ばかりですので、自分で作るしかないでしょう。ゴーマニズム宣言で小林氏が独自に造語して訴えたようにするほかありません。

覚悟氏の主張、行為自体が珍しい為このような答えになりました。
個人的には、封建が一番近いかもしれないと考えています。ただ士大夫の階級、伝統がない日本では通用しない概念上の社会行為な為、大半の人に勘違いされます。そのような言葉なので止めた方がいいでしょう。
【2006/03/13 00:42】 URL | #-[ 編集]
その概念を提唱した者です。
これは地政学(Geopolitics)をヒントに思い至ったものです。
大陸国家と海洋国家、みたいに。飽くまで傾向の問題で、定量的、定性的に確定できない。

地政学は類型化の有用な手掛かりだと思うんですが、軍事研究と直結するせいで、
国内では良い文献が手に入りづらい。外国では経営学くらい市民権があるらしいのですが…。
しかし例外はいくらでもあり、単なる政策正当化の方便となる危険性もあるので、やむえないかも。
そんなわけで、厳密性や完全性はあまり期待できないと思います。

私は集落型―都市型と対比した時、CivilとNot Civilを想像したので、
古代中国文明の「士大夫、封建制」という概念は、これに適用するに妥当かと思います。
ちなみに農業と「村」という行政区画への悪印象を避けるために、「農村」「村落」という表現は諦めました。
漁村や都会でも「集落型」は往々に存在しますし。あと「都市」は「都会、市街地」という意味ではありません。

古代ギリシャやローマのPolice都市国家も礼政一致封建国家も
等しく文明(Civlised)都市(City)の根元です。Citizenと同様、
適切な訳語が見つからなくて、困るのは当然かと。
日本は人士意識や市民社会の歴史がない、あるいは無いも同然に浅いので。

「地政学」の宣伝で長くなりました。失敬。
【2006/03/19 16:13】 URL | はー #-[ 編集]
それと宗教学で、「密林型」と「砂漠型」というように分類している研究もありました。
誰だか失念しましたが、和辻哲郎の「風土」だったかな?
「集落型」と「都市型」の関係とおおよそ重なるかと。


密林型―― 多神教、緩和、女性的、平和的。例‥タヒチ、ポリネシア
砂漠型―一 一神教、厳格、男性的、闘争的。例‥ユダヤ教、イスラム

保守主義云々が問題でなく、何を保守するかに食い付いてくるのです。
守旧派なのか、懐古趣味、復旧主義、尚古主義なのか、などは問題ではありません。
昔の綺麗な空気と水がいいのは誰でも当然。福利技術の進歩は誰でも望むもの。

好みが何に向かっているかが、気に入るか入らないかの決め手でしょう。
ここで紛糾を起こすのは「規範意識の内容」であるに違いありません。
だから、「都市型規範」と「集落型規範」という名付けに落ちつくかと思います。

都市型‥第三者介入の調整。厳密。徹底的追及。例‥商取引、契約行為。
集落型‥当事者同士の調整。曖昧。やりすごし。例‥入会地、なあなあ。

という感じかな。日本では連綿と密林型・集落型が続いていますね。砂漠・都市型に反射的に反感を覚えるのもやむなしかも。

【2006/03/19 16:26】 URL | はー #-[ 編集]
北山女史のトピックですが、今とは違う掲載法を提案いたします。
リンクを一カ所にまとめてしまうでなく、かつて同様項目ごとにトピックを立ててはいかがでしょうか。
   理由
・大部分が削除されてしまったままというのは条件降伏したような印象が残る。
・それに項目別に多くのページがあった方が目に付きやすいし、一旦了解するのが楽。

以下のような形態で。
   * * *
1.トピックの内容を「穏当な」言葉で要約して説明。[二三行程度]
2.かような形態を取るに至った経緯。[二三行程度]
3.避難所へのリンク。
4.テキスト(原文)をZipなどに固めて本場所で配布する。[してもしなくても]
5.他のリンク先をまとめて掲載。
1~5はスペースを圧縮して、メインはそれぞれのトピックについて振り返った所感でも書いておけば、なお了解が早いかと。
   * * *

議論の教義や題材など内容の是非でなく、言葉遣いや発言者に専ら拘る人は多くいます。
特に日本人は穏やかな空気を好み、情緒を重んずる傾きがあります。
つまり事実に照らして適否を判定せず、感情に照らして判断しがち。
後々凄い苦労が待っていようと解っていても、目の前のゴタゴタを手っ取り早い手段でやり過ごしてしまうのも、穏便さを至上価値と見なす日本人の癖。仕事で機械的意識に処理している時は尚更。
これは動かしがたい環境的要因です。どうかご配慮を。




それと我らの類の人たちに有用な知識と意思の共有が、おそらく、最優先の目的のはず。
「やはりおかしい。私だけではなかったか」「こんな事がある。警戒せよ」とか。
撒き餌のしすぎで馬鹿者どもが多く集まりすぎて、賢い意見をする方々が遠のくのも損害。
非常につまらない輩の相手は一度跳ね返す程度で充分かと思われます。

結論に至る分析を文書化
   * * *
護身派や論理右派(非感情峻別派)への感情的左派、護身解除志向からの突っ込みは際限がない。
なぜなら、前者の目的達成への鍵は専ら己自身にあるのに対して、後者はどうしても他者にも成否が委ねられる。
前者の努力は自己に向けさえすればよいが、後者は相手の気持ちを変えねばならない。
そのために自分にだけでなく、相手にも努力を注がないといけない。そしてそれは心地が悪い。いらだつ。

目的が結婚したい、二人の感情を同一にしたいという人たち(感情同一派)と、目的が独身でもいい、君は君で俺は俺という人たち(峻別派)が出会うと摩擦が起きるのもやむなし。
ましてや峻別派の態度いかんが実生活の利益・不利益につながると同一派は直感しているようだし、感情が源泉になっている問題だから、同一派のいらだちは止めどがない。
戦争行為における攻撃者と防御者の関係に似ているが、ただ戦争と違って攻撃側に防御側の戦力と戦意を撃滅し屈服させる手段がないので、がむしゃらな打撃が延々と続く。例示するまでもないか。

峻別派が自分の考え方や利権区分を認めてくれと発言するのは、或る意味、侵略に対する不安を訴え威嚇することを意図している(ないし仲間内への呼びかけである)が、同一派はこれをどうしてか恫喝や宣戦布告と見なしたがる。その感情故にやめられない。これこそ侵略宣言と受け取られかねないけれど。

峻別派は感化されないのに、同一派は粘着し続ける。そして無理っぽいと判り始めると段々ただの嫌がらせをするようになる。あら探しする。彼ら自覚してるのか? それか弱いものいじめが好きで好きでしょうがないのだ。ゲームで敵を滅多打ちする範囲で我慢できないくらいに。あと優越感かな。
   * * *

大義名分がいつの間にかただの感情にすり替わっていることはよくあるもの。
諸賢の意思共有を望みます故、今一度のご思慮を。ただし侵入者は撃退せねばなりませぬが。
彼らは挑発や抵抗を見せられると不快になるでなく喜んでいるのではないかと思います。
暇なので誰かに構ってもらいたがっているのではないでしょうか。
双方とも、少なくとも保守側は妥協点の共有が不可能であろうとは理解しているはず。
遊びの相手をしてやるのも結構な事であるとは思いますが、
何分にも、おびただしい馬鹿どもがやってきてまともな議論のためには空気が悪くなる。
これは長い目で見れば損になるのではないかと。自分より賢い人たちの意見が聞けるからこそ、このブログの意味があれ、これでは…。低俗なテレビ番組みたいで。
長々と失敬。
【2006/03/19 16:33】 URL | はー #-[ 編集]














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「喪男道」さんのホームページ見させていただきました・・・http://shrak.blog17.fc2.com/blog-category-11.htmlわたしは、不退転戦鬼のガリレオ・・じゃなく樹元道といいます。同じ喪男なのに、なんか僕とは、考えが全然違うなぁ・・・まあ、僕は、磯野波平の健全な保守主 カラスの鳴き声はAir【2006/03/14 16:36】

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まとめ






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