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某所にて「モラリストの癖になんでDQNやヤリマンに異常に攻撃的なんだ?」
と糾弾を受けたのでそれについて語ろうと思います。
(ここで指すモラル(道徳)は「これが俺のジャスティス」を参照)


まず、モラリストには二つの種類があると私は考えます。
どちらも自分自身の言動にモラルと言う枷をはめるのは前提として、

1.モラルに反した言動を取る人間に対して攻撃や差別を認めるモラリスト。
 (道徳という基準で他者を差別する差別容認主義者)
2.モラルに反した言動を取る人間に対しての攻撃や差別を認めないモラリスト。
 (道徳という基準ですら差別をしない、善人悪人での差別すらしない平等主義者)


前者の代表はマルコムX、後者(博愛主義者とも言う)の代表はマザーテレサでしょう。
本blogの記事の内容を見ていただければ判りますが、
私はバリバリの攻撃的モラリストです。

私はよく「モラリストの癖になんでDQNやヤリマンに異常に攻撃的なんだ?」
非難される事がありますが、そういう問いを出す人は、
恐らくモラリスト=博愛主義者と定義しているのでしょう。
ですが、実際にはモラリストにはこのように2タイプあるわけです。
博愛主義者という聖人的な極めて一部の人間を除き、
モラリストというのも所詮は差別主義者で在る事は変わりません。
DQNも私も差別主義者と言う点では同じなのです。
この2者の違いは、自分の私利私欲という基準で他者を差別するのか、
人道思想を基準として差別するのかの違いだけとも言えます。

話を戻して、攻撃的モラリストと博愛主義者ぞれぞれ長所と短所を見てみましょう。

**********************************************
攻撃的モラリストの短所
・モラルに反する行為を行う人には攻撃的で容赦が無い。
・その攻撃性故に火種を拡大させる恐れがある。
攻撃的モラリストの長所
・理論理屈の通らない暴漢に対してためらいなく攻撃できる。
 (目の前で女性がレイプされそう等の緊急事態が発生した時に対応できる)
・攻撃性故に他者からの詐欺、洗脳行為に屈する可能性が低い。

博愛主義者の短所
・悪人にも愛を向けるため、悪人の隠れ蓑やパシリとして悪用されやすい。
・悪人が弁舌の持ち主だった場合は洗脳される可能性が高い。
・目の前で女性がレイプされそう、などという緊急事態に対応できない。
 (理論理屈の通らない暴漢に対しても「止めてください」としか言えない)
博愛主義者の長所
・悪人にも愛を向けるため、稀に悪人を改心させる事ができる。
・攻撃性が非常に低いため、他者に与えるプレッシャーが少ない。
・見栄えが良い。
**********************************************

つまり、マザーテレサのような博愛主義者も
マルコムXのような攻撃的モラリストも共に一長一短です。
マザーテレサのような博愛主義者は病人や貧者など弱者の救済に、
マルコムXのような攻撃的モラリストは差別撤廃や
人権獲得などの不正との闘争
に向いていると個人的には考えます。
(博愛主義者ではDQNに洗脳されていいように利用される可能性が高い)



※余談※
博愛主義者の代表としてマザーテレサを出していますが、
実は彼女は演説の中で「中絶をしたり容認する人は愛の無い人」
結構厳しいコメントを残しています。
彼女も実際のところはモラルと言う基準で他者を差別しているわけです。
勿論、程度の差はありますけどね・・・・ちなみに現ローマ法王に至っては
「中絶する奴らは最低、こいつらは地獄に落ちる」と明言してますw
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いや、俺が言いたかったのはそういう事じゃないんだよ
人権とは相互性の担保だからお前らの言う報復の権利は一つのモラル観の中では正当ではあるよな。
でも俺が主張してるモラルってのは、お前が定義した「人にされて嫌な事は他人にするな」つーここな訳。
「あいつらが悪い事をしても俺はやるべきではない」
(DQN批判はお前らのモラルが正当性を担保してるから正義なのかな)
お前らはこれが馬鹿らしくなって、且つガス抜きのためにも報復の道を選択したんだろうけど、社会契約的な倫理なんかお前らには無意味だろ。倫理は所詮エゴだからこそ他人にされても自分はしない、が必要なんじゃねーの
それがないとDQNと同じ全体主義の匂いがプンプンしちゃうよw
【2005/11/15 13:59】 URL | #-[ 編集]
あなたの考えによると
「やったもの勝ちのやられ損」
「殺し得の殺され損」

こういう理論が成立して、要するにDQNに有利な
隠れ蓑を与える結果となりますが・・・
この問題をどう解決するつもりなのでしょうか?

単純に「かくあるべし」ではなく、
その理想の結果、どういった層が利得を得て
どういった層が損害を被るのかを考慮すべきでは無いでしょうか?

そして私は、
「他人を出来るだけ傷つけないように配慮する」層が利得を得て、
「他人を平気で傷つける層」が地獄に落ちる(落としても良い)
ヒエラルキーや価値観を良しとしている訳です。
(勿論、傷つけるにしても程度や理由によりけりですがね)
それが攻撃的モラリスト(差別主義モラリスト)というものです。

はっきりいいます、貴方はDQNに有利な価値観や
社会を容認させたいとしか思えない。
それはそれで一つの主張ですが、それを理想論的な
オブラートに包んで誤魔化そうとするのはいかがなものかと。
もっと本質的にどういう結果と利得を求めているか
腹をぶちまけてしまった方が良いのでは?
【2005/11/15 14:13】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
また、「これが俺のジャスティス」の記事でも簡単に
記述していますが、「出来るだけ他人を傷つけない」
「自分がされて嫌な事を他人にしない」ことを基本とは
しても当然なら例外的状況はあります。

1.仕事、スポーツ、勉学などの正当な競争によるもの。
(ただし、だまし討ち、人質を取るなどの卑怯な
 手段はダメであくまで正面からの実力勝負とする)

2.いわゆる「カルネアデスの板」のように自分の命
(或いは我が子などの自分の命にも等しい存在)と
他者の命が両天秤にかかって、他者を見捨てないと
自分の命が助からないという究極的選択の場合。

3.悪(他人を平気で傷つける存在)を糾弾せねばならない場合。


私が考えるに「他人を傷つけること」が道徳的に
許されるのはおもにこの3パターンの場合であると考えます。
名無しは3の場合を否定する考えのようですが、
これを否定するならガンジーもキング牧師も否定する事になります。
彼らは暴力こそ否定しましたが「言論の暴力」は平気で
行使して、白人(理不尽な差別者)を徹底的に糾弾していましたからね。
実際の暴力を持って他者を制圧する場合は例え相手が
悪であったとしても、程度や状況を十分に吟味せねば
ならないでしょうが、こと言論に限っては
これによる闘争を否定することは馬鹿馬鹿しく、
またそれはDQNや理不尽な差別を
助長することにしかならないと私は考えます。
道徳による言論糾弾を禁止とすれば、実質的に
DQNの行動を咎める存在は皆無となります。

道徳とは「自分が高潔あろう」とする自戒であると共に、
DQNという「迷惑な奴」を糾弾(排除)する為の
「大義名分」として利用されてきた側面もあります。
だってDQNを何らかの理由をつけて始末しないと
被害者がドンドン増えていってしまいますから。
【2005/11/15 14:43】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
まぁ求めている結果と利得は明らかで、単なる揚げ足取りと
管理人叩きでしょう。自分自身がどういう立場でどういう
考え方に立脚して書き込んでいるかが完全に抜け落ちて
るんですけど、今後もこの辺を書くことは出来ないでしょう
し、規制されるか、飽きるまで言葉遊びを続けるのでしょう。

モテ、非モテ論の中で語られる「モラリスト」と、ブログ内
での議論・糾弾・罵倒・言葉の使い方etc.って部分を完全に
一緒のものとして考えてますしね。
【2005/11/16 00:49】 URL | WATA #3/VKSDZ2[ 編集]
「モラル」による差別はある程度あるべきだろう。

しかしその「モラル」は、極度に洗練されているべきだと思う。
でなければ、「DQNのモラル」によってあなたが差別されることもやはり許容されてしまうから。

上記のことはおそらく覚悟さんの考えていることと一致するでしょう。そこで疑問。覚悟さんのモラルは、洗練されているのだろうか。

「俺はこのモラルで都合いいんだ。対立するモラル(つまり覚悟さんにとってのアンモラル)に糞なげて何が悪い」
全然悪くありませんよそりゃ。やってることがDQNと同じというだけですよ。いや、DQNじゃないな。
「喪男の諸君、努力をすれば、君にも皆と同じような幸せが訪れる。大事なのは、まず一歩ふみだすことさ☆」みたいな、うつくしー理想を掲げている人と同レベルではないですか。そういう人が良かれと思って、つまりその人のモラルに基づいて、喪男をさばこうとする。このことと、抽象度のレベルで何が違うのだろうか。

「私は幸運にも、喪男という立場に立つことによって人の痛みや醜さがわかる人間になった」と言うならば、もっともっと多くの立場を想定したモラルの方が、より洗練されるだろう。
リベラリズムの拒否、相対主義の拒否は別にいいだろう。では、俯瞰の眼差しは?他の立場へ立ってみようという姿勢は?弱者の立場には立った。では、強者の立場には?「ヘン!立ちたくもないね、虫唾がはしらあ。」 こういう意見であれば「モラリスト」を語らないほうがいいのではないだろうか。もっと別の言葉を探したほうが。

少なくとも、あなたの「道徳」はまだ「お好みの考え方」に過ぎないと思います。(いや、美しい考えをお持ちだな、とは思いますよ。私の「お好みの考え」でもありますよ) ただ、その程度で「モラリスト」はないんじゃないか。「お好みの考えを持ちつつ、日々精進してますよー、時々お好みの考えに基づき人を糾弾しますよー、自分はそれが正しいと思っているし、自分も散々攻撃されたので、やりかえしてますよー。」それでいいではないですか。今私がしているのもそれです。こういうのは相対主義に還元されますね。
つまりその程度で「モラリスト」はねえだろうと。そんなら私だって「モラリスト」ですよ。「モラリスト」ってもっと洗練された奴をさすんじゃないのか。違うの?


【2006/12/16 04:34】 URL | 山崎 #-[ 編集]
なんか、難しい話をされていますが。
物事には100か0かで別れるのではなく、
ある程度範囲と言うものがあると考えています。
さらにその範囲も「軸」をどこに置くかによって変わるでしょう。

山崎さんの軸と定義はそうなのでしょうが、私の定義は違う。
そしてお互いが理解しあう事は決して無い。
私は貴方の考えに鼻糞ほどの価値もあるとは思わないし、
その考えに鼻毛ほども賛同するつもりは無い。

以上の事を念頭に於いて、これ以上話し合いたい事はありますか?
私はありません。

【2006/12/16 13:34】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
>覚悟さん

お返事ありがとうございます。
大変読みにくい書き込みにお返事を下さったことを感謝いたします。

もう散々この手の書き込みをご覧になってうんざりされておられると思います。しかし私は書き込みをします。
覚悟さんと違って、私はまだまだ聞きたいことが沢山あるからです。不快なら削除をお願いします。
覚悟さんは私の考えに対して1ミリも価値を見出さないということですが、私は貴方の考えかたは価値のあるものだと思います。
(心からの感想です)

しかし私は、「モラル」「道徳」という「レトリック」に違和感があるのです。正直な話、「モラル」は重過ぎるのでは、と思うのです。
単純に「お好みの考え」を「モラル」と言い切ることの危険についてのみ、私は問題にしております。
勿論、覚悟さんがあらゆる面から考え抜いて、出来る限り利己的な面を取り除き、現在の「道徳観」にたどり着いたのはこのブログを読めば容易に想像がつきます。

・・・ここまで書いて、自分の未熟さに気づきました。覚悟さんがどのような人生を送ってきて、どのような思いでこの「道徳観」を作り上げてきたのか、想像が抜け落ちていました。私は私で、哲学の講義でも聴講して「道徳とは何か?どうあるべきか?」を勝手に考察していればよかったのでした。申し訳ありません。本当に申し訳ありません。私の慢心です。圧倒的な経験の差を持つ方に、僭越にも未熟な考えを吹っかけてしまいました。心よりお詫び申し上げます。
覚悟さんは「お好みの考え」などと甘い表現を使うような段階はもうとっくに卒業していらっしゃる。私はまだまだそのような段階にいるので、上記のようなばかげたレスをしてしまいました。少なくとも私は、覚悟さんの「モラル」のように煮詰めたものを提示できません。そのような人間があんなレスをしていい訳がありませんでした。もっと勉強して、自分の「モラル」を提示できるようになってから出直して参ります(少なくとも数年は無理ですが)。

文の途中からお詫びに切り替わっていて非常に読みにくい上、長文失で礼いたしました。自戒の為に自らのバカ議論を残した上で去ります。不快であれば削除お願いします。



【2006/12/16 17:43】 URL | 山崎 #-[ 編集]
ま、私が考えるモラリストなんて実は大したことないんですよ。
盗まない、殺さない、犯さない、奪わない、イジメないetcetc
こんな単純なレベルの話なんですよ。
ですが、こんな単純なレベルの事が出来ない人間が多い。
多いだけではなく、彼らの行動が「自由」の名の下に
社会的に承認までされようとしている。
身勝手なセックスの果ての中絶が「人間としての当たり前の権利」
として胸を張って堂々と出来てしまう。
我が子を殺したり、捨てたりしても女と言うだけでおよそ考えられない情状酌量を頂ける。
容姿が醜かったり、オタク趣味があるだけで加害が出来てそれが許容される。
こういった「どうしようもないやつら」に対するアンチカテゴリーとして
私はモラリストを名乗っているのです。
つまり私にとってのモラルとはこういった「限度を超えたエゴイスト」たちを糾弾し、
戦いを正当化する為の武器なのです。
こういったものを「モラル」と呼んぶべきか、否かは人によって違うでしょう。
ですが、私は「強度のエゴイスト」達に「力なきもの」が
戦いを挑むのならば、それを利用しても良いと考えています。

誰が傷つき、誰が助かるのか?
その結果こそが大切であり、私はその手段に興味はありません。
極悪非道な殺人者を懲らしめるのに卑怯な罠を張るならば私はそれを認めます。
もっとも、罪なき人を貶めるためにそれを使うなら否定しますが。
「卑怯な罠」に問題があるのではなく、「誰を狙うのか」こそが大切。
それが私のモラル観において特徴的な部分なのだろうと思います。
【2006/12/16 19:05】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
覚悟さん

お返事をありがとうございます。
お考えを拝読できて幸いです。

私はまだまだ、「自分のモラル」を構築できておりません。
その点、覚悟さんはたとえ批判の対象になろうとも、
「自分のモラル」を毅然として提示しておられます。
頭の下がる思いです。
私はおそらく、一生を通じて、「モラルとは何だろう」
「正義とは何だろう」と考え続けると思います。しかしそれは単に自分の興味を満たす為でしょう。
ですから、私は覚悟さんと議論をする資格を持たない。
あくまで当事者であり続け、実践的な「基準」を提示し続ける覚悟さんに、
当事者になることを避け続ける私が意見することは絶対に
許されないことでした。
重ねてお詫び申し上げます。
いつか、私が独自の「モラル」を練り上げた時こそ、
覚悟さんと対等にお話ができるのだろうと思います。
そんな日が来るよう、精進していきたいと思います。

ちなみに、あくまで感想を申し上げますと(私に許されるのは「議論」ではなく「感想を述べること」だけです)、私は覚悟さんのやり方が「卑怯」だとは決して思いません。
一貫した美学を感じます。きっと何度も、所謂「モラルジレンマ」を乗り越え、お名前の通り「覚悟」を持って、
世間と対峙しておられるのでしょう。
そのような勇気を持つ人は少ない。なかなか出来ることではない。
ここまで来るのに、どれだけの葛藤を乗り越えて来られたのでしょうか。想像も出来ません。
私のような「机上であれこれ考えるのが趣味」という人間に
無いものが、覚悟さんにはあるのでしょう。

あくまで実践的なブログに、軟弱な精神論を持ち込んだことを
再度お詫び申し上げます。想像力の欠如を露呈してしまい、お恥ずかしい限りです。
これで最後のコメントとさせて頂きますので、ご安心下さい。
覚悟さんのブログを拝読できたことは大きな財産となりました。
ありがとうございました。
【2006/12/17 20:59】 URL | 山崎 #-[ 編集]
おぼろげながら、差別を行う者は差別して良い。唯一の例外である。こんな事をかつてDQNに言い放ったことがありました。

悪いことをして、それを帳消しにしてこれからは仲良くやっていこうじゃないかという程私は人間ができていません。相容れない存在。喪男にも毒を吐かせる場を作らなければ・・・・
【2006/12/20 22:29】 URL | 古巨人 #-[ 編集]














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