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本書では「大抵の人間は自我の喪失を最も恐れる」としています。
自我の喪失、つまり「死(自己否定による自殺を含める)」
「完全なる孤独」「自尊心の徹底した剥奪」と言う事ですね。
死は当然として、友も恋人も家族もペットもいない完全なる孤独や
人間(個人)としての尊厳を一切認められないかのような
差別や侮蔑は非常に恐ろしいものです
こういった状況を回避し精神を安定させて生き延びる為に
人間は精神的拠り所を求めるのが普通です。
(それを求めないのがニーチェが言うところの「超人」で
どんな恐怖や孤独にも精神が動揺しない人間離れした存在)
その拠り所とは、

1.恋人、友人、家族、ペットなどの存在
2.宗教や信仰への傾倒
3.萌え(アイドルやアニメキャラ等やバイクや車などの物体への思慕)


大まかに分けてこういった種類があり、
普通の人間が生きて行く以上はこの内のどれかによって
拠り所としなければ正常な精神を保つ事は難しいでしょう。

ここで、モテナイ男を最も悩ませている恋愛について
クローズアップして以上の事を考えると
「純愛主義者(モラリスト)」とは純愛によってしか
精神の拠り所と出来ない人間
と言えます。
逆に「ヤリチン、ヤリマン」と言われる人間は
恋愛に精神的拠り所という利点を求めていないか、
或いは肉欲を満たすことが精神的拠り所となる人間
になります。

つまりヤリチンヤリマンと純愛主義者は目的も理想も
全く相容れない存在であり、仲違いを起こすのは必然でしょう。
我々(喪男ジェダイ派)はいわゆる純愛主義者
(ここで言う純愛とは電波男での真実の愛)に分類されます。
純愛=真実の愛の定義については
「電波男考察~その1」
「真実の愛を紡げる人間とは?~その1」
「真実の愛を紡げる人間とは?~その2」
「恋が真実の愛へと変わるまで」を参照


しかしながら、これらを現実の世界で完遂する事は困難であり、
100%の完璧な純愛を貫く事はほとんど不可能に近いでしょう。
ですが0か100かという極論ではなく、80や90といった理想に
かなり近い純愛を体現している人はチラホラといます。
例えば、中睦まじくよりそう老夫婦や、顔に大火傷を負って
二目と見られない容姿と障害を抱えたレーサーの夫を
支え続けている妻の話、ゴルバチョフ夫妻の逸話などが
それらに当たると言えます。

萌える男においてはこういった理想的純愛関係を築くには
「共通幻想」が必要であるとしています。
難しい話ではなく、お互いが純愛主義者であれば
自然とその恋愛は純愛となるというだけです。

ですが、これは非常に重要な事で、
純愛とは片方がどれだけ聖人君子であったとしても、
片方がヤリチン、ヤリマンなら成立しません
もちろん、お互いがヤリチン、ヤリマンでも成立しません。
お互いが純愛という同じ(似通った)理想を持ち、
同じ(近い)目的地を目指しているからこそ成立するのです。


逆に言えば、純愛を目指す人にしろ、肉欲を至上とする人にしろ、
違う理想を持ち、違う目的地を目指す人間が腹を見せ合って
仲良くすることは非常に困難でしょう。
精々がお互いが距離をおいて「所詮他人だし」と冷めた目で
相手を見て割り切った非常にクールな関係をとる以外には
争いを回避する術はありません。
でもこれって仲が良い、愛し合っているとは言えませんよね?
このように異なる目的や理想を持った人間が無理に
一緒に居る事は非常に不幸な事なのです。
そして同じ目的、理想をもった人間が一緒になる事は
とても幸せであると言えます。


ここまでの話を前提として、次の考察では
共通幻想現在のモテナイ男と女性の確執について
色々と掘り下げていこうかなと思います。
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まとめ






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