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某所の議論で質問された事なのですが、モテ側からすると
「モテナイ男」「モラリスト(性モラル)」である事は別次元の事で
あるように思われているらしいので、その部分について
詳しく書いてみようと思います。
「派閥分類と相互協力」でもおおまかな事は書いていますが・・・


[喪男ジェダイ派が生まれるまで]

1.容姿が醜いなどの理由で女性から侮蔑や差別を受けた(モテなかった)
  ↓
2.モテなかった故に一歩はなれた地点で、他者の恋愛を観察する機会が出来た。
  その中でドロドロした欺瞞、エゴ、他人を踏みつける行為を目の当たりにした。
  ↓
3.また、恋愛資本主義者の容姿至上主義、拝金主義に基づいた自分(モテナイ男)と
  イケメン達の扱われ方の格差をいやというほど見せ付けられた。
  ↓
4.己が傷つけられる事で、罪の無い人を理不尽に踏みにじる行為の醜さを強く学んだ。
  すなわち道徳の大切さに目覚めた(モラリストとなった)
  ↓
5.今まで憧れた恋愛だが、なんだ奴らのあの醜さは!!
  これが恋愛の正体ならば、むしろモテタクナイ!!
  ↓
6.そして喪男派閥表によるところのジェダイ派へと辿り着いた。



この一連の流れを見れば我々がモテナイ男であることと、モラリストである事が
密接に関係している事が理解できると思います。
モテなかった(侮蔑された)からこそモラルに目覚め、
モラルに目覚めたからこそ未だにモテナイ男を続けている。

つまり、我々は「今まで自分を苦しめてきた人間」真逆の価値観(性モラル)
死守する事によって彼らに復讐をしていると言えるでしょう。
自分を苦しめてきた価値観に反逆して否定することで自我を保っているのです。
逆に自分を苦しめてきた相手の価値観を認め、迎合する事は何を意味するでしょうか?

それは完全なる自己否定による自我の崩壊「魂の死」です。

肉体が死ぬのはそこまで怖くはありませんが、
魂が死ぬのは、自分の存在意義が消滅するのは非常に恐ろしい事です。
だからこそ我々は「ヤリチンDQNみたいな真似をするなら死んだ方がマシ」
こんな事を言えるのです。
「自分の魂を殺すぐらいなら、肉体が死んだ方がマシ」という事ですね。

勿論この流れはジェダイ派の生まれるまでを記したもので、
体験した出来事の程度、生まれた環境、人生経験、様々な差異によって、
タモリ倶楽部派になったり、解脱派になったりと
全てのモテナイ男が一様ではない事は理解しています。
私は自身がジェダイ派なので他の派閥の人がなぜそうなったのかは
イマイチ分らないので書く事が出来ないので割愛します。


ですから、モテナイ男の中でもジェダイ派は異性を容姿で
差別する事を忌み嫌う傾向が強いです。
それは「真実の愛」の考察で語った
「人道的行為に自己満足を感じられる人間」であると同時に、
異性をブスと美人でより分けて差別するという行為が
「身を引き裂きたくなる程の苦痛」であるからです。
人格の貴賎よりも容姿の貴賎を重視するということは、
かつて自分を苦しめた相手への迎合であり、
自分の魂を殺す行為に他なりません。
その苦痛に比べれは、美人を求める本能欲求は歯糞程度ということです。

まぁ、最終的に辿り着いた結論とは、我々にとっては
ブスも美人も等しく価値がない!!ですけど・・・
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「醜心」との間にある超えられない壁を越えた「美心」の持ち主というのは、喪男派閥表でいうところのどのあたりの派閥に存在する人たちなのでしょうか?
【2005/09/21 22:49】 URL | kappa #-[ 編集]
派閥・・・というよりも
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-115.html
こちらの1~5項をしっかりと守れる人なら、
真実の愛を紡げる可能性を持った人といえると思います。

喪男ジェダイ派は恋愛面で潔癖なところがあるのでこの気質が強いでしょうね。
電波男系列の派閥も恐らくはこういった傾向が強いのではないでしょうか?

まあ個々人によってさまざまなので絶対ということは言えませんが。
【2005/09/21 22:59】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
その節はどうもです。この件については、追々レスを返したいと
思ってはいるのですが、時間的に思うに任せないところがあります。
しばしご猶予下さいますよう。
【2005/09/22 07:16】 URL | 名無し #-[ 編集]
この間の話ですが・・・(これでいいのかな?)

モテナイ男は

>自分に対して何をしたわけでも何を侮蔑したわけでも無い人に
>キモイという理論から自らの手で積極的に攻撃を加え

られたかもしれませんけど、だからといって、浮気や中絶をする女性に自らの手で積極的に攻撃を加えるというのは、モテナイ男からの浮気や中絶をする女性に対する「侵略戦争」とはならないのでしょうか。また、これは美心の持ち主のする行為なのでしょうか、それとも醜心の持ち主のする行為なのでしょうか。

>この「何をされたわけでもないのに自ら積極的に攻撃する」という
>差異があるのにこれを同じとするとはどういった話でしょうか?

本当に差異はあるのでしょうか?

モテナイ男を不当に侮蔑する行為を侮蔑するなら正当性はあると思います。しかし、侮蔑の矛先は不当に侮蔑する行為にではなく、浮気や中絶という行為に向けられています。いじめられた人間が更に弱い人をいじめるという構図に似ていないところがないわけではないような気がします。
【2005/09/23 00:29】 URL | kappa #-[ 編集]
まず、kappaさんの指摘から纏めましょう。

1.浮気や中絶などのモラルの緩い存在を糾弾するのは「弱い者イジメ」である。
2.我々の防衛行為が過剰防衛であるという事。

こういうことだと思います。
まず1についてですが、浮気や中絶をするということはそれに伴って、
「浮気される人」、「殺される胎児」が発生する訳ですね。
これらの事象において「一番の被害者」は彼らです。
(ここで糾弾している中絶とは、レイプによる中絶や母体の負担などの
致し方ない中絶を除いた、安易な性行為の果ての中絶を指しています)

つまりは浮気した人、中絶した人は自分達の行為に置けるツケ(リスク)を
自分で責任を取らずに他者を傷つけることで解消した訳です。
このような他人を利己主義的に踏みにじる行為を取るものを弱者と呼ぶのは
あまりに都合が良すぎるのではないでしょうか?
彼らを弱者とするなら彼らに踏みにじられた存在は何ですか?

端的に言えば我々の判断では「浮気をした人」、「中絶した人」は悪党です。
そして悪党が相手ならば我々は平気で差別します。
その価値観については以下でも述べています。
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-68.html
「人殺しを人殺しと罵って何が悪い、一番カワイソウなのは殺された人だ!!」
我々の理論はこうなのです。

それを良し悪しどちらにするかは個々人の価値観であり、自由の範疇です。
この点をkappaさんがどれだけ声高に叫ぼうが、絶対に我々は変えない事を宣言します。
どれだけ是正を求めようが、無理無駄無意味です。


次に2の指摘についてですが、kappaさんの考える正しい報復とは、
以前も話していたようにモラルとモテ非モテ問題を切り離すといった事でしょうか?
残念ですが、これも出来ません。
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-133.htmlでも示したとおり、
喪男と性モラルは密接な関係にあります。

そもそも、我々が侮蔑されるのは恋愛資本主義という、
男女間における過度の利己主義によって他人を踏みにじる行為が原因です。
つまりはモラルの乱れが我々が侮蔑にさらされている原因といってもいいでしょう。

モラルに優れた人間は他人を理不尽な理由で差別しません(悪党を除く)
モラルに優れた人間は他人に個人的嫌悪感を抱いても礼節は弁えます。
モラルに優れた人間は恨みの無い相手を無碍に傷つける事を嫌います。
モラルに優れた人間ならば喪男を侮蔑、差別する事は在り得ません。
【2005/09/23 01:05】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
それと勘違いされているようですが、私のblogをよく読むと分ると思いますが、
「女はキモイ、女は死ね」などの理論理屈の無い差別的な内容は殆ど無いはずです。

「中絶件数は年間30万件超で女性の6人に1人は中絶経験者となる」
これは喪男の妄想でも何でもなく厚生労働省が出した統計です!!

同じように浮気率(種違いの子を産む率)の統計は7万人中7千人(10%)です。
こういった統計は我々の妄想でも何でもなく現実なのですよ。

そういった統計を元に「恐ろしい女が無視できない数存在する」そう指摘することが
報復と言い張るのはあまりに身勝手では?

報復でもなんでもなく、事実は事実です。
そしてそれが喪男から見て恐ろしいこともまた事実です。
醜い事実を白日の下に晒しているだけで、報復とは笑止千万ですね。
仮に私が報復の意味でそれらを提示しているとしても
「そんな恥部を持っている方が悪い、それらと決別しないで馴れ合ってる方が悪い」
私はそう考えます。
【2005/09/23 01:18】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
資本主義社会における貧乏人差別というのは、自分以外への影響を省みずにお金を稼ぐという意味でのモラルの欠如とは別のモラルの欠如によって起こると思うのです。

資本主義社会なのだから貧乏人差別は正当な行為であると考えるならば、資本主義という社会システムそのものを敵視するのはまだ筋が通ると思います。しかしそれでも、差別するなら自分たちではなくこいつらだろうみたいなのは、お金の稼ぎ方という意味でのモラルではなく人としてのモラルという意味でどうなのでしょう。

そもそも資本主義社会なのだから貧乏人差別は正当という前提を認めなければ、資本主義という社会システムへの批判は貧乏人差別とは別の文脈で独立にしない限り意味がないと思うのですが、そのあたりはどうなのでしょう。前提を認めてしまっているということなのでしょうか。

必要ならまた別の表現に書き換えます。
【2005/09/23 07:55】 URL | kappa #-[ 編集]
資本主義と恋愛資本主義を混同されていませんか?
恋愛資本主義という定義をもう一度調べてから書いて下さい。

なお、資本主義とはイギリスで勃興したかつての完全な弱肉強食式では
社会が機能せず、大混乱がおきることはご存知ですよね。
ですから「福祉」や「最低限の生活の保障」などのある意味では
社会主義的な要素を取り入れてバランスを取ってるのです。
また独占禁止法などで行き過ぎた巨大化を防ぐ手も用意してありますよね?
上限値と下限値を正しく設定して、その中で限定的な競争を行わせる。
これこそが正しく機能する資本主義であるのです。

つまりはこの上限値と下限値こそが恋愛における「最低限のモラル」というわけです。
浮気をしちゃいけない。
安易な中絶をしちゃいけない。
恋愛詐欺(貢がせ)をしちゃいけない。
恋愛対象としての価値で、その他社会活動に於いて侮蔑差別してはいけない。
etc,etc

現在の恋愛資本主義は資本主義で例えるなら、イギリスで勃興したばかりの
完全なる弱肉強食制です。
モテるモテないは各人の判断で自由でよいですが、そこからドロップした存在に
対して侮蔑や差別を行うことは明らかに問題でしょう。
ですから、「福祉」のような形でラブハラスメント法を立てることが解決索でしょう。
現在のセクハラのようにヘタに口出ししたら、賠償金取られるような状況ですね。
ですが、これを立てることは数十年がかりで社会運動を行う必要があります。
その上でも出来るか出来ないかわからない程度です。
我々はそれを「非現実的」と判断して、
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-116.html
この論理によって、「お互い様」的な状況でいるのが良いだろうとしているのです。

また、金銭の多寡で他者を侮蔑することを認めている法はないはずです。
大金持ちが公的な場面で、「この貧乏人風情が、虫ケラごときが」と
発言したらどうなるでしょうか?
マスコミからバッシングを受け、賠償問題にもなるはずです。
つまり内心で(プライベートな部分で)「貧乏人嫌い」と思うことは自由ですが、
それを一度外界に出せばそれは「許されざる行為」として、対象者は
何らかの動きをとって然るべきです。

余談ですが、kappaさんは私のblogの内容をすべて把握(全て読んだ)上で
議論を持ちかけていらっしゃるのでしょうか?
何というか、既にblog上で示した内容をループ質問されているような
感覚に襲われるのですが・・・・
【2005/09/23 12:04】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
そうですね。せっかく丁寧に回答をいただいているにもかかわらず情報量があまり増えたと感じられないのは、私の質問がぼやけているからなのかもしれません。

恋愛資本主義のもとでのモテナイ男差別というのは、自分以外への影響を省みずにセックスをするという意味でのモラルの欠如とは別のモラルの欠如によって起こっているのではないかと思うのですが、この点についてはいかがお考えでしょうか。
【2005/09/23 22:58】 URL | kappa #-[ 編集]
>恋愛資本主義のもとでのモテナイ男差別というのは、自分以外への影響を省みずに
>セックスをするという意味でのモラルの欠如とは別のモラルの欠如によって
>起こっているのではないかと思うのですが、この点についてはいかがお考えでしょうか。


私が考えるにこれらは全て同一線上にあると考えます。
つまりは「理性や思慮の欠如」ということです。
他人の痛みを慮ることができるなら、無責任なセックスも、身勝手な恋愛も
弱者を踏みにじることも(喪男を理不尽に侮蔑することも)出来ない筈です。

仮に「キモイ」と思っても「キモイと口に出してしまったらこの人は傷つく」
そう思って口に出すことをせずに平然と振舞おうとする筈です。
同じように「中出しセックスしたい」と思っても
「中出しして妊娠させてしまって中絶なんてなったら相手を傷つけてしまう」
そう思ってコンドームを使うでしょう。

こういった無碍に相手を傷つけまいという思慮が出来る人間は
自然とこれらが守れるものです。
そしてそういった思慮が出来ない人間はそのどちらも守れなかったり、
曖昧だったりします。

つまり、性モラルとモラルは分類上は別種ですが、
その根底「自分がされて嫌な事を他人にしない」こういった面では全く同じなのです。


追記ですが、この場合の「理不尽に人を傷つける事を嫌う」という事は
「何の罪も無い人を傷つけることを嫌う」という事です。
例えば、弱者を利己的に踏みにじる人間などの悪党を糾弾する事は
「正当な理由を持って悪党を糾弾する」行為なので
「理不尽に人を傷つけるこ」とには含みませんのであしからず。
【2005/09/23 23:11】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
さらに突っこんで言いましょう。
喪男と言っても派閥によってその怒りの根源は全く違います。

喪男ジェダイ派⇒喪がバカにされることと同等かそれ以上に性モラルの乱れがムカつく。
喪男非モテ活動家派⇒性モラルの乱れよりも、喪がバカにされるのがムカつく。

こういっても過言では無いかもしれません。
私個人の話題ですが、性モラルの乱れへの怒りと
喪(自分)がバカにされる怒りを比率であらわすとしたら、
性モラルの乱れ6:喪(自分)がバカにされる4 このぐらいの比率です。
なぜそうなったかは以下に示しています。
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-133.html

これを是と取るか非と取るかは喪男の中でも価値観の別れるところであり、
「お互いがお互いを認め干渉は少なくしよう」という意味で、
本blogはわざわざジェダイ派を名乗っているのです。

kappaさんの主張は恐らく一貫して、喪男差別と性モラルの乱れを切り離す
という事を述べているのだと思いますが、
それは絶対にありえないことだけは伝えておきます。
スタイルの違いに干渉しないで、住み分けて内ゲバを防ぎ、
共通問題に於いてだけ相互協力することが派閥分けの目的であります。
それを無理に統一見解を打ち出そうとする行為には私は断じて反対します。
【2005/09/23 23:44】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
まとめると、性モラルと差別モラルは別物であるけれど、その根は同一であるということで理解しました。

たぶん、「俺は差別という別モラルの欠如による被害者だけど、性モラルの欠如による被害者である殺された胎児や浮気をされた人の気持ちはよく判るよ。モラル欠如による被害者同士だからね。俺は性モラルについては完璧だよ。だから、性モラルの欠如したヤツは攻撃するよ。」という流れかと思いますけど、どことなく無理やりな理由付けという印象を受けてしまうのです。

やりたいことは、性モラル欠如者への攻撃ですよね。一家の父ちゃんが後先考えず借金しまくって一家離散となった家族の気持ちに共感して、金銭モラル欠如者への攻撃をする気はないわけですよね。差別モラル欠如、性モラル欠如、金銭モラル欠如などに共通する根っこを攻撃するなら判らなくはないけれど、わざわざ性モラル欠如を選んで攻撃するのはなぜなのでしょう。
【2005/09/24 06:46】 URL | kappa #-[ 編集]
無理はないですな。
差別モラル欠如、金銭モラル欠如には興味がない。関心がない。よって考えなくてよい。
性モラル欠如については興味がある。関心がある。よって発言する。
実にシンプルだ。その際、「なぜそのことに執着するのか」については興味がない。関心がない。よって考えなくてよい。
「差別もある明るい社会(呉智英)」を目指しましょう。容姿差別をする人間が許容されるなら、性モラル欠如者を差別する人間も許容されてしかるべきです。
「それでは問題は解決しない」「それでは救われない」「宗教じみている」---------よくある反論です。
差別問題を根絶しようとか、社会をより良くしようとか、全然思ってませんから。
世間から「キモイ」と思われ続けてもいいです。
「下ばかり向いている人間は嫌い」そう思われてもよい。
非難・罵倒・議論しあうことで、個人が救われればいいのです。現に私は、心の平穏を辛うじて保つことができるようになりました。喪闘気をなんとか溜め込まずにすんでおります。


【2005/09/24 11:57】 URL | 喪男議論 #-[ 編集]
>一家の父ちゃんが後先考えず借金しまくって
>一家離散となった家族の気持ちに共感して、
>金銭モラル欠如者への攻撃をする気はないわけですよね

これはいわゆるDQN行為ですよね?
DQN行為は全般的に嫌っていますよ。
これは「手酷い金銭略取」とも言えますし、DVへの嫌悪も示しています。
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-58.html
http://shrak.blog17.fc2.com/blog-entry-115.html
ここでも、少しその点について触れていますね。

私が常駐する2chの「女の醜さ証明スレ」を見ると分りますが、
金銭、侮蔑、性問題、あらゆることに向ってマクロミクロ問わず、
女性の恐ろしさを伝える事件、統計をあつかっています。
ですが、そうやってあらゆる方向に手を出すと記事数も膨大になりますし、
また私の気質上、金銭問題で醜い行為をする女性が無視できない数
存在するという推論を導く為の「公的統計」が無ければ記事は書きません。

性モラルに関してそれを取り上げるのは中絶件数など、
大規模な統計があって、その点で推論し易くまた責め易いというだけです。
もしも、その他の面のモラル問題でも「おもしろく、有効な統計」が見つかれば
そこから、また攻め入る可能性がありますが。

ただ、性問題が一番気になるのと怒りを感じるのは確かですがね。
これは究極的には個人の気質でもあるので「気に入らないなら他所へ行け」
としかいいようがありませんね。
私心を言えば、浮気よりも兎に角、安易な中絶がムカつきます。
ムカついてムカついてムカついて仕方がありません。
【2005/09/24 12:33】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
A、B、C、Dといういじめっ子がいる。自分はAにいじめられて腹が立っている。Aをはじめ他のいじめっ子とは違って、Cだけは口実をつけて責めやすいから、自分のAに対する腹立ちをCにぶつけてやるという形になってはいないでしょうか。そして、それは美心の持ち主のなせる行為といえるのでしょうか。

Aにいじめられていることに触れずにCを責めるならば、筋は通ると思います。Aにいじめられているという前提のもとで、CにいじめられているわけでもないのにCを責めた場合、Aへの怒りパワーを理不尽にCにぶつけているという周囲からの誤解(もし誤解ならば)をどのように回避することができるのでしょうか。
【2005/09/24 16:29】 URL | kappa #-[ 編集]
あのー、もともとはA~Dともイジメをしたという罪があるわけで。
いじめっ子が悪いのですから、それをどのように責めるのか
言う方がおかしいのでは?
そもそも、イジメをしなければ全ての問題は発生しないのですから。
どうやって責めるか、どこから崩していくか、どういう戦力の
振り分けをするのかはいじめられっこの自由でしょう・・・

私は何度も「スタイルの違い」を説明してますよね?
そしてそれが気に食わないなら他派閥に行けと言っています。
それをご理解して頂けないようなので然るべき態度を取らせて頂きます。
【2005/09/24 16:40】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
えーと、横からスイマセン。

印象のみからの発言になってしまって申し訳ないのですが、覚悟氏とkappa氏の
一連のコメントのやりとりを読んで、どうもkappa氏のイメージしているモラリスト像を
「モラリストと名乗るのならこうあるべきなのでは?」といった形で押し込もうと
していないですか?
全体的にkappa氏のモラリスト印象論を各論で覚悟氏が反論しているような
気がします。

別にモラリストと名乗ろうが、モラリストなんてのは呼び方に過ぎないと思います。
大事なのは覚悟氏が「中絶・浮気は良くない。それはこれこれこういう理由だから」
という主張の内容なのではないでしょうか。
(もちろん、中絶・浮気だけでなく、他のモラルの低い行為にも言及していますけどね。)

特定の単語、文脈に対して反応されるのではなく、覚悟氏の文章全体を読んで
咀嚼してみてはいかがでしょうか?
そこに覚悟氏の言いたい主軸の部分が示されていると思います。
【2005/09/24 16:46】 URL | 喪人 #-[ 編集]
喪人さん、ありがとう御座います。
お陰でこの論争の軸がやっと見えました・・・
【2005/09/24 17:02】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]
私も横からすいません。
まず、議論をするうえでkappaさんはやたらと「例え」を持ち出すのをやめるべきだと思います。
基本的に、「例え」というのは詭弁である場合が多く、「相手を言い負かす」ことが目的でないのなら、使用を控えるべきです。「相手を言い負かす」ことが目的であるなら、その旨を伝えて議論を打ち切るべきです。

kappaさんの主張は、適用範囲を広げた場合に非常に危険な思想です。突き詰めていくと、「完全無欠に正当な場合を除いて、人を糾弾・批判してはいけない」ということになります。浮気・中絶などは、ミクロ的には個人の問題かもしれません。しかし、現状ではもはや重大な社会問題でもあるのです。他所でも述べましたが、モラルとは「私的」なものではなく、「公的」なものであり、これを定め、守り、外れた者を糾弾し、是正を求めることは法治国家の国民としての義務です。

kappaさんのおっしゃることは、誤った個人主義であり、はっきり申し上げて視野が狭く、幼稚であると言わざるをえません。
日本における「個人主義」のパイオニアである夏目漱石は、同時に「則天去私」という戒めを設けてことを見直すべきでしょう。
【2005/09/24 21:59】 URL | RSR #mQop/nM.[ 編集]
愛国心とは、ならず者の最後のよりどころである。
という言葉があります。

このサイトを読んで、その考えが過ちであった事に気付きました。

ならず者の最後の拠り所は道徳である。
根拠は、このサイトの内容全てです。

【2005/09/26 00:08】 URL | クビキリ #-[ 編集]
“Patoriotism is the last refuge of a scoundrel”
これは英国の詩人であり批評家のサミュエル・ジョンソンの
有名な言葉ですが、現在の日本ではこの言葉だけが一人歩き
しており、サヨク達の座右の銘になってしまっていますね。

彼がこの言葉を使ったのは、アメリカ独立革命とフランス革命
の直前の頃です。とにかく当時の権力者達は自らの権力を
維持するため、また手っ取り早く国がまとまる為に愛国心、
民族意識と言ったものを利用したのです。右翼も左翼も関係
なくです。そして911以降のアメリカ等を見ても、同じような
危険性を見る事が出来ます。歴史については長くなるので
これ以上は省略します。詳しくは世界史の教科書やサイト等を
参考にして下さい。

しかし、これは何も「愛国心」に限った事ではありません。彼が
警告していたのはこのような一見美名の下に行われる大衆扇動、
少数者への弾圧に対してです。
翻って現代日本を見ても同じような状況がありますね。
この「愛国心」を「恋愛」や「純愛」や、あるいは「恋愛する為の
努力」等々に変えれば、正に彼の言葉が当てはまる状況なのが
良く解ります。

当時ヨーロッパで使われていた“Patoriotism”と現代日本
で使われる「愛国心」を単なる辞書的な意味だけで解釈し、
その背景にある歴史や世界情勢を考慮に入れず、単なる
アナーキズム礼賛の口実として使ってる人達には歴史も
政治も道徳も国家も語る資格は無いでしょう。



「恋愛とはDQN共の最後の拠り所である」 (WATA)
「戦後日本は、 『セックス』を「『恋愛』」と言い換えた。('A`)」 (本田透)
【2005/09/26 01:59】 URL | WATA #3/VKSDZ2[ 編集]
アンモラルにせよ迫害にせよ、それらに対する怒りをパワーの根源とするなら、スターウォーズ的には、それはダークジェダイかシスだと思うのですが・・・。アナキンは怒りに駆られてタスケン・レイダーを虐殺し、それがダークサイドへの入り口になった訳で。
【2005/09/26 18:25】 URL | 名無しさん #-[ 編集]
分類表については私が作成したわけではないので、呼称については
私に責任はありません。

なお、私の価値観では

ジェダイ=DQNの醜さに対する怒りを「理論を持った言論で」争おうという姿勢。

ダークサイド=DQNの醜さを受け入れ、自らもDQN化してヤリチンになって女性を苦しめたり、或いは現実世界で女性に暴行を働いたりすること。

こういう定義となっていますが。


ジェダイにしろダークサイドにしろ敵対者を殺すという姿勢は変わりません。
その根底が個人的欲望か、大義のためか、或いは人質を取ったりなどの
汚い手段も取るのか、正当な手段で戦おうとするのかの差ともいえるでしょう。

【2005/09/26 18:47】 URL | 覚悟 #o25/X8aE[ 編集]














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 以前から「これはもはや『逆ラブハラスメント』?」という題名で書いてきたが、考えが変わってきたので題名を変更した。  さて、前回記事において、一部「非モテ」が過激派化していること、そしてそれら「非モテ過激派」の精神構造はイスラム過激派のそれと相似形なので Niemals-Gasse【2005/10/05 17:48】

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まとめ






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