最近(アニメファンの中で)評判である
「かしましガール」というアニメを視聴しました。
主人公である少年
はずむが
宇宙人によって女の子に改造されてしまうという
破天荒な萌えアニメですが、丁寧な作りで個人的には中々に楽しめました。
が、モテナイ男視点で見ると少し引っかかる部分も・・・
幼馴染の
とまりとはずむの思い人である
やす菜の三角関係?についてです。
とまりは幼稚園からの幼馴染で、気弱で頼りない
はずむを
いつも身体を張っていじめっ子達から守っていて、深い絆で結ばれています。
しかし、口下手で
はずむに想いを上手く伝えられずに悩んでいるところを
やす菜に横取り?されるような形となってしまいました。
その
とまりが悲劇的に描かれているのですが、
ぶっちゃけ、まったく感動しませんでした。
確かにずっと慕っていた相手に振られるのは悲しい事でしょう。
ですが私の頭にはこんな事が思い浮かんでしまうのです。「こいつは美少女だから、愛してくれる人他に幾らでもいるだろ」と。
かしましガールに限らず、他の失恋モノでも同じ事を感じてしまいます。
イケメン、イケ子の失恋には絶望感が無いのです。これを逃したらもう一生恋愛出来ないかもしれない。
彼(彼女)以外では自分を愛してくれる存在は皆無。美しい容姿を持つ者の失恋には、こういった絶望感を全く感じられない。
仮に愛したい存在を失っても、彼らを愛してくれる存在は今後幾らでも現れるでしょう。
なぜなら美しいのだから・・・美しさは力ですからね。
だから私から見ると彼らの失恋劇はおよそ「茶番」に見えてしまうのです。滑り止めの早慶大には余裕で受かっている人が
「東大に落ちた!!」と
この世の終わりの如く泣き叫んで絶望している・・・
それを
頑張ってFランク大にすら入れなかった人間(モテナイ男)が
「何がそんなに悲しいんだ?」とポカーンと眺めている。私にとっては彼らの悲恋はこういったものにしか感じられない。
およそ誰からも愛されぬであろう醜い存在が、
一縷の望みをかけて一本のクモの糸に縋るものの、無残に希望の糸は断たれる。
その後に希望など無く、何も無く、どうにもならず、何にも成らない。
そういう完全なる絶望を背負って、背水の陣で挑む覚悟。
にも関わらず夢破れ、そして無限の虚無地獄を味わうであろう事。こういったものでなければ、モテナイ男の心を動かし涙を誘う事は難しいかなと。
※余談※私は
「全てに見捨てられた醜き存在」を身近で見た事があります。
それは人間ではなく
ネコニャンですが。
一昨年の話ですが、私は家の近くの川に釣りに行った際に、
ダンボールに入れて捨てられていた子猫5匹を拾いました。
私の住んでいるアパートは
ペット禁止である上に、
連日徹夜で会社泊まりが頻繁にある仕事(プログラマー)をやっていたので
動物を、ましてや手のかかる子猫を飼う事は無理でした。
しかし、
この子達を見捨てる事は私の誇りが許さないので
取り合えず保護し、里親探しをする事に決めました。
現在はネット上に里親探しサイトなどが色々あるので、
飼い主を探す事は比較的容易で、子猫たちは順調に
新しい飼い主の下へと引き取られていきました。
その中で全く飼い主が見つからない子が一匹・・・
「ふうこ」と名づけたメスの子猫です。
この子は栄養状態が悪く、元々身体も弱かったのでしょうか、
ネコ白血病やネコHIVなどの致命的病気は患っていなかったのですが、
左目から酷い目ヤニが出ていて、眼球も黄色っぽく濁り、
直ぐにペット病院に連れて行き治療したのですが、元にもどりませんでした。毛並みも良くなく、
黒と茶のいかつい斑毛ではっきり言えば
「実に醜い猫」でした。
ネット上の募集ではふうこを貰ってくれる人は現れず、
友人知人のネコ好きな人には片っ端から嘆願し、
普段なら決して話しかけない女性の同僚や元同級生にもお願いしてまわりました。
ふうこの兄弟を見て
「この子なら貰ってもいい、あの子ならOK」とは言っても
ふうこを貰ってくれる人は1人も居ませんでした。必死にふうこの事を飼ってくれるようにお願いしても
嫌な顔や苦笑いをするだけで、
酷い奴になると
「キモイ」「ブサイクだからヤダ」などと露骨な言葉を吐く女もいます。
挙句にはふうこの事がアパートの管理人にバレて、
2週間以内に処分しなければ私が追い出されるという事態まで発生。
子猫達の世話や里親探しの為に強引に休みをとったり、残業拒否をしたりして、
上司や先輩達からもボロクソに怒られて切羽詰り、家族に助力嘆願しましたが、
当時母親との中は非常に険悪であり拒否されました。モラルモラルと偉そうにに言っている私ではありますが、自身が窮地になると
「人として決して考えてはいけない事」が頭を過ったりしてしまいます。
ですが、
ふうこの寝顔やすりすりと擦り寄ってくれるのを心の支えにして、
「もしも2週間以内に里親が見つからなくて、アパートを追い出されたって構うか!!
ふうこと一緒にホームレスでも何にでもなってやる、絶対にこいつを見捨てない!!」そう腹を括って覚悟を決め、残された時間で懸命に里親探しをしました。
一度は断られてしまった叔母(ネコ好きだが既に8匹飼っていて無理と断られた)に
「エサ代から何から必要経費は全て毎月支払いますから!!」と
必死で懇願して何とか引き取ってもらう事が出来たのです。
今では叔母もふうこを家族の一員としてかけがえの無い存在として
可愛がってくれていますし、ふうこも美味しいものをたくさん食べて
丸々とした身体になって幸せそうでした。
結果としてはハッピーエンドなのですが、私は色々と考えさせられました。
ふうこは単に土壇場で運に救われただけなのです。私や叔母のような(ある意味で)変人と出会ってギリギリのところで助かっただけ。
殆どの場合、力も美しさも持たず、庇護してくれる存在も持たず、
あらゆるものから見捨てられてこの世に生を受けた存在に訪れるのは
「苦痛と死」です。ふうこを通してその事を嫌というほど思い知らされました。
我々は醜く愛されなくとも
「日本人、日本国民」として、様々な面で保護を受け、
人権を保障された上で生きてこれましたが、猫や犬などの
愛玩動物達にとっては
美しさ(可愛さ)が生死にすら直結する場合も多い。
醜ければ捨てられるし、拾われる事も無い。私はこういう現実を身近で見てしまった、
だからとまりのような存在が茶番に見えて仕方ない。まあ、我々モテナイ男がギャーギャーと騒いでいるのも
ふうこのような存在と比べれば茶番なのでしょうけどね・・・
※余談2※一番切羽詰っていた時の顔を鏡で見ましたが、マジでこんな顔でした・・・
ジェダイ派としてこんな事を言うのはダメなのでしょうけど、
育児に悩んで親子心中をしてしまう母親の気持ちが
実は結構理解できてしまったりするんですよ・・・まあ、それを乗り越えられるからこそ親なのでしょうけど。
ただし、子供だけ死なせて自分は死にきれなくて
おめおめと生き残るクソバカ野郎は全く同情出来ないですがね。