レンガ造りの町並み、澄み渡った空。
子供達の笑い声がどこからか聞こえてくる平和な街。
そんな光景に似つかわしくない異様な男がそこに立っていた。
身の丈は高く、筋骨隆々の肉体には所々傷が見える。
何より特異なのはその頭に被ったズタ袋の仮面だった。
「ハーイ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、世にも醜い髑髏男の顔は見たくないかね?
つまらなかったら御代は結構、払いは見てからのお帰りだよ」
ズタ袋を被っているせいか野太い声がくぐもり、やたらと耳に残る。
その声に興味を持ったのか、数人が男の周りに寄ってきた。
「なんだい?その髑髏男ってのは・・・お前さんの事か?」
お調子者風の若者が尋ねる。
「その通り、面白さは自負してるよ、御代は見てのお帰りだ!!」
それを聞いて若者はニヤリと笑う。
「なるほど、つまらなければタダってことか・・・そんじゃ一つ見てみようかな!!」
「はいー毎度あり、見たい方は後ろのテントの中に入ってくれ、
一度に入れるのは5人までだよ」
若者に釣られるようにぞろぞろと周りにいた野次馬達もテントの中に入ってゆく。
「うぉ!!」
「うっ」
「これは・・・」
テントの中から驚愕に息を呑む声が発せられた。
その様子に興味を引かれたのか次々と人が寄り集まる。
いつの間にかテントの前にはちょっとした行列が出来ていた・・・
そしてそれは夕方まで途切れる事は無かった。
日も半ば没した頃、
久々の大入りでご機嫌なのか男は軽快に後片付けを始める。
手早くテントを畳むと、巨大なザックに道具一式を仕舞い込む。
(ふぅ、久々にたんまり稼げたな 今日は宿でゆっくり休める)
肩をぽんぽんと軽く叩くと大きく伸びをした。
そんな中、ニヤニヤとしながら近づいてきた者がいた。
身なりからして堅気の人間ではない事は一目で分る。
「あんた、何か用かい?」
少し警戒しながらも、冷静に尋ねた。
「随分と儲かったようだね、幾ら稼いだんだい?」
「あんたには関係ないだろう・・・失礼だが、ひょっとして物取りか?」
身構えた相手に対し、とっさに否定のジェスチャーを取る。
「ちがうちがう、実はあんたに見てもらいたいものがあってね♪」
そういって男は苦笑いを浮かべた。
「見てもらいたいもの・・・?」
いぶかしげな態度に構わず、更に話を続けた。
「兎に角、あんたに買ってもらいたい逸品があるんだ、
ちょっと待ってくれよ・・・オイ、こっちに来い!!」
そう叫ぶと、街路の影から2人の人間が出てきた。
1人は相方と思われる若い男、もう1人は痩せこけた少女だった。
「・・・・・テメェ、人買か」
不愉快そうに荒げた声で答える。
「まあ待て、人買いといってもこれは合法に乗っ取った取引だ、
俺はコイツの親と借金のカタとして正式に取引したんだ、証文だってあるぜ、
決して人攫っての違法な人身売買じゃぁない♪」
ちらりと少女の方を見る。
歳は13、4といったところ、痩せた体に怯えた目が痛々しい。
「どうだい、兄さん今回は特別サービスで3000パンス羊3頭分だぜ、
貧相な身体だが、器量は中々のタマだ、へへお得だろ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「言っておくが値切りはダメだぞ、コイツのツラなら他に持っていけば
もっと高く買ってくれる奴は幾らでもいるんだぜ?」
「・・・・・・・・・・」
もう一度少女の方を見る。
少女は一瞬ビクッとしたが、虚ろな目はすぐに俯いた。
「・・・・分った3000だな、ほらよ」
3000パンス、3日分の上がりほぼ丸々だった。
「へへっ毎度あり、証文と枷の鍵はこっちだ、それじゃ今夜はお楽しみだなw」
そう言って下卑た笑いを浮かべながら男は町の暗がりへと消えていった。
「嬢ちゃん、名前は?」
なるべく怯えさせないように気遣って声を掛けるが、やはり野太い。
「・・・ラビ・・です」
乾ききった唇を開き、か細い声で少女は答えた。
「そうか、ラビか・・・俺はジグムントだ」
「・・・」
少女は返事をせず、黙ってうなずいた。
「待ってくれよ、今手枷と足枷を外してやるからな」
そう語りかけジグムントは手枷と足枷を外してやる。
長い間枷を嵌められていたせいか、赤く擦りむけ血が滲んでいた。
(・・・同じだ・・・)
ジグムントはその傷跡をじっと見つめた・・・刹那、ラビは突然走り出した。
「あ!!」
一瞬あっけに取られたジグムント。
しかし、彼女が走っていた方角をみて我に返った。
(まずい、あっちは賭博街だ、ゴロツキどもに目を付けられたら・・・ッッ!!)
ジグムントは荷物を放り投げ、懸命に追いかける。
が・・・夜の暗がりのせいか、すぐに見失ってしまった。
「クソッ、まずい・・・」
舌打ちとともに唇をかみ締める。
「キャァアアアアアア!!」
奥の暗がりから突然金切り声が聞こえてきた。
信じられないくらいの大声だが、確かに彼女の声だった。
博徒はバチンッとラビの頬を強く引っ叩いた。
「クソガキ、優しくりゃ付け上がりやがって!!」
「うっ、あぐッ」
ラビは目に涙を浮かべ痛む頬を押さえながら怯えたウサギのように震えていた。
「別に命まで奪おうってわけじゃねぇんだ、大人しくしてな」
「ヘヘへッ」
もう1人のゴロツキが下賎な笑みを浮かべながらズボンを下ろす。
男の一物を目の当たりにしたラビは恐怖のあまり全身が硬直した。
これから自分の身に訪れる恐怖から声も出せなくなっていたのだった。
「ヘヘへっ、気持ち良い事するだけだからよ、怖がるなや」
男がラビの股に手を伸ばした瞬間、
ドグッ!! 鈍い衝撃音が周囲に響いた。
「ウギ・・・・・アア・・・・・・・・・」
まるで酸欠の金魚の如くクチをパクパクさせながら男は悶絶する。
男の股間に丸太のようなブッとい足が潜っていた。
「あ・・・」
ラビはつい今しがたに見覚えのある顔に思わず声を上げる。
「おいクソ共、ガキ剥いて楽しいかよ?」
野太い怒りに満ちた声の主はジグムントだった。
「テメェ!!」
もう1人の男が殴りかかろうとした瞬間、
その顔面に顔の幅と同じぐらいの拳がめり込む。
断末魔を上げる間もなく、男は鼻血の海に沈みこんでいた。
「う・・・あ・・・」
その圧倒的な暴力を見てラビは完全に萎縮していた。
逃げようと必死で立ち上がろうとするが、恐怖で足がすくむ。
(逃げないと・・・逃げないと・・・殺される!!)
「酷い事はしない、安心してくれ・・・」
ジグムントは怯えた少女をなだめようと出来るだけ穏やかに話しかけた。
「俺も、俺も昔・・・人買いに売られた、親に・・・捨てられた・・」
「・・・・・・」
ラビは意外な言葉にキョトンとしてジグムントを見つめた。
「だから・・・お前の気持ちが分る、酷い事はしない
帰りたければ親元にも帰っていい、だけどもう夜だし1人じゃ危ないから
だからせめて今日だけは俺について来てくれ、宿で食事を取ってゆっくり休め」
雲の隙間から月明かりが差し込み、ズタ袋の仮面から彼の目が一瞬見える。
優しそうな目・・・ラビはジグムントが信頼できる人間だと思った。
続く